Posted by on 2018年02月22日 in 風の心
平成30年3月号 風の心

梅見の茶事を行っている。今年は極寒の日が続き、雪も度々に降った為、御園の梅は予想よりも大幅に開花が遅れた。そのような中、たくさんの皆様にお越し頂き、拙い茶事で恐縮ながら、共に有意義な時間を過ごさせて頂いたことに、感謝で一杯である。

寄付には、円能斎宗匠と広瀬拙斎宗匠、ご兄弟の絆を感じる合筆を掛けた。兄は「春風香一枝」と記し、弟は細く真っ直ぐ斜め上に伸びた梅の枝に花を描く。何とも味わいのある文字に、何ともバランスの良いしなやかな梅。しかし、文字には芯からの強さを見ることができ、絵には未来への希望を感じる。険しいお家元の道を如何にして乗り越えてこられたか。家元という重要な役割を果たし、裏千家を守り抜くときに、弟様とご一緒に協力して前へ進むお姿は、歴代の宗匠方へ受け継がれている。淡々斎宗匠と井口宗匠、鵬雲斎大宗匠と納屋宗匠、坐忘斎お家元と伊住宗匠、今はそのご子息様達ではあるが、しっかりとお支えなさっておられる。

腰掛へ出る。気温が低く寒いため、大きめの手あぶりを置いた。手あぶりは、その形状によって、準備の仕方が異なる。今回は、早い時間にくず炭を入れ温めておいて、後からまた足すのであるが、持つところは持てる温度に、上の方は触って嬉しい温度になるよう工夫する。これがまた難しい。穴の開いた蓋でも、蓋をすると消えてしまう炭もあるくらいだ。寒いから煙草盆も大きいものに。火入炭は大き目を切って用意してもらい、火入に合わせる。露地では、直前に撒いた水が凍ってしまう日もあった。お湯で溶かしたものの、寒い日は、撒く所と撒かない所を考えて撒かなければならない。前日に木の葉を拾っておかないと、落ちた葉が、池の水とともに水面や水中で凍ってしまう。雪が降れば、急遽室内の周り縁で蹲代わりの準備をする。雪の後の茶事は、むやみに雪かきをせずに、何処まで雪を残して楽しんで頂くか、これもご馳走である。昼間でも、毎日湯桶を用意するものの、露地草履を履いた瞬間に、これはいらないと判断し持ってゆかない日もあった。露地の手入や準備程、繊細で難しいものはない。茶室の中以上に、その時の天気や温度などの気候に合わせ、お客様の様子に合わせ、常に直前でも変更できなくてはいけない。お客様がどのような気持ちでそこを歩くか、わかっていないといけない。そこに姿がないからこそ、きちんとできなくてはいけない、と思っている。

初入をして挨拶の後、懐石。その最後にはお菓子を出す。今年もお菓子には思いを込めた。平成七年の一年間、京都裏千家学園研究科で、多くを学ばせて頂いた。授業には、鵬雲斎大宗匠の今は亡きご令室、登三子奥様の御講話があった。手を膝に置いて授業を受け、全て終わって夕方つげ寮に帰ると、必死で思い出してノートに書く。時にはその内容が、ペーパーテストに出たものだった。三月に亡くなった登三子奥様を思って、雪の多かった今年のお菓子は、奥様ご考案の「積むゆき」を馴染みのお菓子屋、若柳さんにオーダーした。試食をして打合せをし、中の餡を変えてもう一度見本を作ってもらい、希望通りのものが完成した。干菓子は京都、伊織さんに注文。登三子奥様が、幼い頃のお家元に差し上げたというお菓子をお作り頂くようお願いしたところ、快く引き受けて下さった。有り難かった。

玄々斎好みの寒雲棚を、円能斎が再び好んだものを、向切に置いた。この棚の前では、私の身長や座高で、どのように点前をすべきか考える。 (この続きは次号にて・・・)

平成30年2月15日  畑中 香名子