Posted by on 2018年08月23日 in 風の心
平成30年9月号 風の心

たくさんの皆様のご臨席を賜り、待光庵30周年記念茶会を無事に終えることが出来ましたこと、心より御礼申し上げます。お越し頂きました方々より、やむなくいらっしゃれなかった方々からも、たくさんの心温まる嬉しいお言葉を賜り、またお筆やお花なども頂戴して、主客一如の心地極まりない二日間でございました。皆様の真のお心に包まれて、スタッフ一同、この感謝の気持ちを忘れずに、益々精進を重ねて参ります。どうぞ今後ともご指導の程、宜しくお願い申し上げます。

30年前、相模大野は、小さな駅前の商店街を中心とする町であった。駅はまだビルになっておらず駅単体として機能し、伊勢丹を始めとする大型店舗やスーパーも無く、区画整理を進めながら平屋の商店が少しずつビルに変わり始めるといった様子だった。そんな所に出来上がったこの茶室が、地域文化の光を生むようにと、鵬雲斎大宗匠は「待光庵」と名付けて下さった。光を待つ庵・・・未知の町に、古風な、それでいて構えないこの茶室は、期待に胸を膨らませながら誕生したのだった。

その後の相模大野の発展は、ご覧の通りである。次々と立ち並ぶビルディング、伊勢丹、大型分譲マンション、ホールや研修所などの公共施設、駅もホテル付のビルとなり、たくさんの商業施設が入った。それに伴い人口も増え、また当庵でのお茶の行事も細く長く少しずつ拡大して、今、光が地域へ、お茶を愛する人々へ、大宗匠のお気持ちのように届いているのならば、こんなに幸せなことはない。そして、更にまた、未来の光を求め、修練を重ねねばならないと思っている。

待光庵が出来てから十数年後、仕事場の為の住居にあった来客用和室と、その隣の洋間を改造し、八畳二間の茶室が出来上がった。父が生きていた当時は、朝習字の練習をする私をよく覗きに来ていたその和室が、待光庵同様裏千家営繕部の設計施工によって生まれ変わった。それ以前より、此方で茶事教室のご指導をして下さっていた黒田宗光先生は、村田珠光の「心の文」を取り上げて、茶の湯における心の在り方を話された。そして『南方録』の滅後より、「主客トモニ直心ノ交ナレバ」という言葉から、「直心庵がいいわ。」とおっしゃられ、後に大宗匠のお筆で、「直心庵」という扁額が掛けられた。

7階に位置するこの茶室には、屋上庭園の茶庭、露地がある。腰掛や中門も作られ、徐々に茶事が出来る空間になっていった。普段、稽古場として使いながら、今日まで月見、跡見、歳暮の茶事など、様々な茶事を催してきた。黒田先生と行った南国茶会も忘れることの出来ない思い出である。お世話になった先生方に育てて頂いたお陰様で、正直で純心で無心な、直心の交わりが、そこに生まれているのではないだろうか。

少し車で走ったところにある、実家の茶室には、その昔両親が喝道和尚様にお願いしてお書き頂いた、「静幸庵」という扁額が掛かっている。ここが当庵の原点である。静かな幸せとは、なんと良い響きの言葉であろう。母のお茶がそこにある。父は大好きな「大道無門」という掛軸も、お願いして書いてもらっている。父の精神がそこにある。

これらの茶室をこうして使わせて頂けるのも、みんなみんな、周りにいて下さる全ての方々のお陰様。両親がそうして来たように、心から皆々様に、感謝するばかりである。

平成30年8月15日  畑中香名子