7月、いきなり空が暗くなり突然の豪雨、激しい風と音が響く。かと思うとパッと上がり、日がさんさんと射してくる。そんな日々の中、茶通箱の茶事を行った。酷暑の中をお運びくださる皆様に、来てよかったと思って頂けるよう最善を尽くすことが、絶対の使命だと思っていた。
寄付には武藤山治の瀑布。鐘紡の社長を務め、松平不味公御好み「獨樂庵」を北鎌倉に写し(現在は八王子に移築)、形式化された権威制度のお茶を嫌って、利休の茶の平等をこよなく愛した彼の、直筆の墨絵である。その迫力ある水の流れは、箱に書かれた彼の筆「瀑布」の文字どおり大胆で勢いのある、音が聞こえて来そうな滝である。あらごしの柚子が江戸切子グラス内の氷と相まって、皆様の喉を潤した。祇園祭の時期、随所にその余韻を置き、茶事の中で皆様の夏の無事を切に願う。
腰掛待合には御幣を掛け、水の重きをお知らせする。鹿児島県の垂水に湧く、明治神宮に奉納された御水「寿鶴」を使って、いよいよ茶事は始まった。
初座、席に入ると淡々斎筆「無風竹有声」。四本入り、四季にわたって用意された軸は、非常に趣がある。風があるときの竹の音ではなく、風がない中でその竹の声を聞く・・・心の耳で聞く声はいかばかりか・・・
懐石は喉越しも大切に。料理長に学びながら器を変更し、まとめていった。唐物道具が無いとはいえ、四ヶ伝の位取りに合わせた献立や器のバランス、茶の湯の一部である懐石の在り方に注意して。
炭手前は選択した車軸釜、寿輪風炉を念頭に、全てそこに合わせる形で道具を決めた。お香は盆にのせるべき香合に入れた為、手で焚かせて頂いた。昭和天皇御大典の折に作られた高貴な姿を盆上に、じっくりと味わうひと時となった。
菓子は銘を「無病(六瓢)」とし、氷の縁高(笑)に盛り付けた。ぼんやりと映るその緑の影に、涼を感じて頂けたなら幸いである。製である菓子屋「若柳」は塩芳軒で修業した身、此方の希望を伝えると正確に形にしてくれる。今回の干菓子の団扇と屋形船も、生姜の味に祇園祭りの紋を入れ、十二分に意図を汲む。
後座、青磁手桶水指の前には丹波小茶入、銘「初茄子」。そして水の所望、少し歪んだ御本茶碗「水中乃月」に揺れる、大切な水。
その後一碗目、九州八女星野園の抹茶の香りが茶室に漂う。鳥獣文の柔らかい友湖の出帛紗と共にお手元に届いた、心を込めた抹茶。お正客様に召し上がって頂く瞬間、背筋が伸びる。南の水と茶の融合である。
茶巾、帛紗と続く中、水指の会話もはさみながら二服目の所望を。江戸初期の茶通箱を、扱いに細心の注意を払いながら静かに開ける。八代宗哲の真中継は美しいフォルムで見る人を圧倒する。そして黒い箱の蓋は、静かに自分で閉まってゆく。何百年もの間、膨大な数の人の手で閉められても、狂いはない。伊藤園の茶の香りは、また少し異なって、皆様のお口の中でその違いを感じて頂く。
酷暑の中、できる限りお客様から火を遠ざけたい。赤々と燃える炭をそのままに置いて、続いて薄茶を差し上げた。繊細な桑透かしの煙草盆には、染付の火入れを。鉄製の瓢の菓子器は、持ち手が蔓になっている夏の道具である。艶やかな琳派風の平茶碗。たち吉の白茶碗。九代大樋の鈴の絵、白樂茶碗は平たく、茶碗の中に印がある。薩摩焼銀彩。そして花背の貴重な極薄ガラス。
すべてを自然体に、ありのまま、スーッと・・・そして人の心だけが細い糸で結ばれる。そんなひと時を皆様とご一緒できました事、心より心より御礼申し上げます。
令和8年7月28日 畑中香名子


