2014年出版の御家元のエッセイ集は、ご自身撮影の写真が入った美しい本で、私の大切な図書の中にある。今回刊行された新たな二冊を読み終えたとき、そのずっと以前から書かれていた本も読み返したくなって、改めて書棚を探し始めた。そんなときふっと、私のささやかな京都の暮らしには、全くこのような豊かさが無かったことに気付いた。稽古という修行の毎日、学生だったのだからある意味仕方がないものの、なぜか学生ではない今でも修行の毎日で、ゆとりがない。だからこそ、これらの本の中の京都に、それを求めているのかも知れない。
遠い遠い昔、ある夏の朔日稽古。心花の間で空調のない京都の夏の大円真。ここは高松宮殿下御命名の「心花の間」である、と心して、気持ちを入れて座する。今日庵の向かい、茶道会館は、昭和31年5月に第一期工事が完成、同妃両殿下ご臨席のもと、盛大なる竣工式が行われている。
点前が始まるとすぐに額に汗がにじむ。暫くすると、絽の黄色い着物に張り付いている襦袢が、手を伸ばすのに邪魔になる。茶を点てる頃には額にいたはずの汗が下に落ちてくるものの、拭うことは許されない。天目の中の茶が乱れないよう注意しながら、滴る汗を回避して茶を練る。ぬぐおうか、ぬぐうまいか悩むものの、私の研究科時代担任だったI先生の、鋭く厳しい視線を浴びながら、やはりぬぐえない。点前中、一切の他の動作をせずに行う修行を繰り返してきただけに、乱したくないという思いがそうさせる。一瞬の隙も与えないように集中している。違う言い方をすれば、ある意味先生と戦っているかのように・・・順番はできて当たり前、いかにスムーズに適切に動けるか、指先まで所作に気を配り、点前を進めてゆく。「御服加減はいかがでしょうか?」と伺って後、さりげなくさっと汗を拭き、再び控えて時を止める。問答が始まるまでの間、背筋が延びていたか、手や柄杓の通り道は正しかったか、懐は常に大木を抱えるように取れていたか、天目は台に真っ直ぐ乗せられたか・・・脳裏に反省がぐるぐるとよぎる。余計な会話も質問もない、研ぎ澄まされた空間が心花の間に広がっている。先生に、心の先まで見透かされているような空気の中で、これから向かう後半に、モードが入ってゆく。気を緩めてはいけないと、再び心を真っ直ぐにして。
極寒の冬は、囲炉裏のそばに集まりたくなるのも、心花の間である。廊下に用意された神御敷の中身を確認し、大好きな炭手前の用意をする。先生がお見えになる前に手早く終わらせ、この枝炭を五本入れるつもりで覚悟する。台子の天板に置かれた羽と香合の位置、地板にある唐銅皆具の位置、をそれぞれ拝見し、点前がスムーズに進むようにイメージする。先生がお見えになり、扇子を前に挨拶。この時には全てが整った状態で、穏やかに稽古が始まる。足袋を進める時の、或いは膝行する時の目線は、間接視野に映る先生の存在を意識しつつ、自分だけの世界へ身体をいざなってくれる。静かに膝退しながら、この膝行膝退が、厳かにそれでいていかにもの演技にならないよう、気持ちの自然体を守る。炭を適切に置くために、取ることに尽力する。炉の中に一つ一つと炭を置くときには、既に出来上がっている。その日は、研究科時代に何度となくご指導頂いた、今は亡きG先生が座られ、円を描くように倒された炭の置き方をご指導下さった。神御敷を持って入って来た時に、手前をしている人がどれだけの力を持ち合わせているかわかる、とおっしゃるのを聞いて、まないたの鯉だ、と認識しながらあるがまま行った真之炭手前。無事に坐掃きを終えた頃、刺すように冷たい京の冬の空気を、思い出したように感じていた。
近年は平成茶室で朔日稽古を過ごさせて頂くようになり、今はもう、この日に心花の間で奥伝をすることがなくなった。思い出す思い出はたくさんある。しかしほとんどがこのような稽古と学習の時間。
御家元の御著書を拝読して、京都の路地をゆっくりと回り道しながらその佇まいを見、感じ、想いを描いてみたいと思った。修行と仕事とに追われていては、箱の中から出られずに一生が終わりそうだ。エッセイの中のたくさんの宝物に出会えるよう、力を抜くのも大切かも知れない。立ち止まって思案することの大切さを、教えて頂いた図書の数々である。
令和8年8月27日 畑中香名子


