(前号からの続き)
特徴の二つ目は、点前を自分で考える自由を、お許しいただいていることである。他のどの点前も、位置の決定、順序、所作に、ある程度の規定を有する。しかしこの棚は、それを自分で考えて工夫することが出来る。
茶を点ててお出しすることを目的に使用する場合は、柄杓と釜を使用して、御園棚、春秋棚の点前を参考に行っている。時により葉蓋や洗い茶巾、絞り茶巾を応用する場合もある。また、鉄瓶やポットを使用して、盆略や茶箱、茶籠、千歳盆風にも行う。それぞれ観月、クリスマス、雛の宵など、季節に合わせた趣向で道具を取り合わせ、お菓子を工夫する。脇の台には、花を活けたり、飾り物を置いて雰囲気を変えたり、道具を出した後の茶箱や茶籠を乗せたりしている。先日は世界21ヶ国の道具を使用して、世界の中の日本を感じる茶事を行った。
和親棚を寄付に使用する事もある。テーブルとしても、また湯をお出しする点前座としても工夫可能である。そこに置かれる煙草盆は様々なものに変化し、その席にあったデコレイションを施してゆく。これがまた非常に楽しい。もう何年も前になるが、この棚を寄付に置いてお客様が席入りした時の驚きと歓声は、大変嬉しかったのを覚えている。
いずれも点前を考える時ほど面白いことはない。多くの点前の決まり事を整理し、どの点前にも共通する約束を守りながら、手続きの順番を組み立ててゆく。特にオリジナルの茶箱などは頭の体操で、無駄のない理にかなった手順を考え抜いて作り上げ、それを行ってゆくと新たな発見や驚きがあって、見る者も行う者も楽しい。亭主は、点前を自分で作れるようになった時、本来のお茶の姿を知ることが出来るような気がする。そうして原点に近づくのではないだろうか。それを客が理解し、納得できると初めてお茶になる。主客の間により深い共感が生まれ、感動し、茶事は本当に盛り上がってゆく。そんな作業を可能にしてくれたものの一つが、和親棚である。
双方の、この心のバランスをとる力が、もてなしで一番重要なことではないかと思う。どちらかの力が強すぎると、引き合いは丁度よく止まらない。絶妙な力で引き合うことが出来れば、その引いている糸はピタッと止まるものである。そんな糸を張れた時は、お互いが分かり合えたと思う瞬間で、すっと力が消えて無になるような感じがする。ことに点前座にいると、そう思う。双方後に残るのは、嬉しさだけである。
その糸を、ある時は緩く持つ必要があり、ある時はしっかり張らないといけない。それは小さい子供から大人まで、様々な人と糸を引きあってみるかのように、相手によって持っている経験や力が異なるからである。お互いに加減して行うからこそバランスよく出来る事、これが主客の在り方かもしれない。
幕末、玄々斎は、茶道を海外の人にも知ってもらえるように座する方法を生み出した。茶道は、遊芸とされる遊びではない、人としての修行法であるため、諸外国の方々から見ても、十分に納得できるものだと考えたはずだ。当時の玄々斎の行動がなければ、茶道は違うものになっていた可能性もあるくらい、それは重要だった。戦後、鵬雲斎大宗匠はいち早く世界へアプローチし、敗戦国と呼ばれる日本が、その原点には何にも劣らない素晴らしい精神と文化の力を持つ民族であることを知らしめた。今も続く壮絶なご努力の結果、考え方も暮らしも環境も異なる世界中の様々な国へ、茶道を広めたのである。
そして今、坐忘斎お家元の和親棚は、世界を取り入れる、融合できる自由さを備えて、玄々斎の立礼式の発想を一つ乗り越え、原点に戻る新しい時代のステップを示している。単に収納力に優れ洋室環境に合うだけではなく、「外へ」から外のものを「内へ」取り込む、これからの茶の湯の有りようを実現できる棚だと思うのである。
平成29年9月9日 畑中香名子


