Posted by on 2019年06月21日 in 風の心
令和元年7月号 風の心

芳月会最年少の生徒さんは現在四歳のSちゃん。不二家のペコちゃんを四歳にしたような、ほっぺたが大きくて眼がまん丸な可愛らしい女の子。三歳から茶道を始めて、おしゃまな口でよくしゃべり、最初は盆略点前を帛紗無しで行った。お茶を上手に点てる。そのうちに帛紗を持ち始めたけれど、手の直径が十センチもないものだから、帛紗捌きの途中で帛紗を膝の上にのせて折り紙のように折る。それが何故かちゃんと三つ折りになって、四つ折りになって、大人が捌いた形と同じく棗を拭けるのである。自分の点前が終わるとあとは興味のあることに夢中になる。ちょろちょろと動き回りながら、正座して他の子供を指導している我々の背中からぶら下がり、そうかと思えば膝の上にちょこんと座る。
そんな彼女が、ここ二週間くらい余り話さない。「今日幼稚園でダンスやったの。」と、聞いてもいないのに突然の話題を振ってくるその小さな口が、おとなしい。物を見つめる瞳に強さが出てきた。背も伸びたように思う。成長しているのだ。まだ右と左はよくわかっていないけれど、真似をする力は数段良くなっている。いつもこんな瞬間に、成長への嬉しさと、大人になっていってしまう妙な寂しさを感じるのが正直なところ。

清流無間断 碧樹不曾凋

清流間断無く、碧樹曾て凋まず。
せいりゅうかんだんなく、へきじゅかつてしぼまず

絶え間なく清く流れていなくてはいけない。溜水では澱んでしまう。常盤木はいつも青々としてしぼむことがない。常々気持ちを前向きに持たなくてはいけない。それが修行というものだ、と禅では解釈しているようだ。
この頃は、様々な気が重いニュースが多く、稽古場でこの軸を見るにつけ解釈を変える。清い水の流れのように、時を止める事も、そしてあの朝に戻す事も出来ない、と。稽古の終わり、軸を見ながらそんな話を子供たちにする。そして尋ねる。

私 「だからどうすればいい?」
そして答える。
Sちゃん(小5) 「一期一会!」
そう、子供達はわかっている。二度と戻る事のない、今この瞬間を精一杯生きる、過ごすべき事を・・・。禅語の学びは、子供たちを飛躍的に伸ばす。

現在中学三年生のMちゃんは、小学生の時に茶道を学びに来ていた。学校が忙しくて今はお休みしているものの、先日、中学二年生の時に書いた小論文を持ってきてくれた。
タイトルは「京都の抹茶の歴史が、その後の日本の文化に与えた影響とは何か」。時折訪ねて来てくれることが最高の喜びである上、この小論文は、彼女が茶道を通じて何を見て来たかを示すものであり、胸を打った。彼女に長い長い手紙を書いた。まだまだ教えてあげたい事が山ほどある。心が求めているこの時に。

今年大学を卒業して就職したKちゃんが、手紙をくれた。四月の事だった。
「また、先日ミホミュージアムへ行って参りました。貴重な品々を拝見する事ができ、贅沢な時間を過ごしました。その後、小堀月浦和尚様による坐禅の会に参加しました。曜変天目などの美しさに感動していた私ですが、和尚様があんな物よりももっと素晴らしい物が皆様の心の中にありますと仰り、大変背筋が伸びる気持ちになりました。」
また一人、二十三歳になる女の子の心に、和尚様のお言葉が宿った。私は彼女に、何も話してはいなかったけれど、自ら坐禅会に参加し、そこで大切な事に気付いた彼女の感性、その人間力に感動を覚えた。

四歳のSちゃん、小学五年生のSちゃん、中学三年生のMちゃん、そして大学を卒業したKちゃん、お茶で関わっている子供たちは、皆真っすぐで強い瞳をきっぱりと此方へ向けてくる。
子供達は無限大・・・
子供達は未知なる世界・・・
この美しい瞳と、素直で正しい心を守りたい。

令和元年6月15日 畑中香名子