Posted by on 2020年01月23日 in 風の心
令和2年2月号 風の心

1月号よりの続き・・・
11月号から、鈴木宗保先生の随筆を取り上げて、当時のお茶の様子や、鵬雲斎大宗匠の若宗匠時代のご活躍を振り返っている。宗保先生が、これから活躍される若き鵬雲斎宗匠を見つめる様子、その思いが、半月の北海道旅行に表れる。

ホームの見送りに手を振りながら、汽車は広野を走り去る。若宗匠には広野がお珍しいご様子で、熱心に窓から外をご覧になる。
若宗匠は、始めてご覧になるものには意欲的に興味をしめされて、ご案内する人達を感激させていたが、汽車で走るときにも窓外の景色を眺めては色々と質問される。
小樽から、札幌へゆくみちでは、二米にあまるいたどりの群生に驚かれた。
「あれが、いたどりか」
と言っておられたが、北海道のいたどりは大きい、それがさわさわと風に揺れるさまは見事であった。
いたどりを眺めていると、その葉先の空に、くっきりと虹が浮かんでいるのが見えた。それは、爽やかに美しく、心に明るさを投げかけた。

  いたどりの 森の上なる 夏の虹

若宗匠が一句お作りになった。
雨上がりの草原の上に、大きくかかる虹は、その名のように懸け橋であった。
私は出発前に淡々斎宗匠が、
「若宗匠を北海道の懸け橋として送るから、是非お供をするように」
とおっしゃったお言葉を思い出していた
懸け橋は立派に大きくかかったのである。

あのときから、もう24年もたったが、それがついこの間のように思い出す。この二、三日、北海道の思い出にくれていると、
「おじいちゃま、虹が出てる」
と孫が知らせに来た。
外に出ると、東京の空の虹はぼんやりと薄くかかっていた。

  貸傘を忘れてくぐる虹の橋   宗保

もう、空は秋であった。         完

宗保先生は、円能斎宗匠、淡々斎宗匠、そして鵬雲斎宗匠にもお仕えになられた。また、業躰になりたての頃は又玅斎宗匠、そして晩年は若き日の坐忘斎宗匠とも交わられたご様子を拝察する。
裏千家茶道を支え、激動の時代を乗り越えて尽力されたそのお力は、伝衣老師、松雲老師といった、目を見て人を見抜く老師様方に信頼されていらっしゃるお姿からも理解できる。宗保先生のお二人のご子息様に学んだ世代の私にとっては、伝説の方である。今やそのご子息様方も、天に召されている。「おやじは・・・」「おやじがね・・・」と折にふれてお話をして下さったことを思い出す。

先人の努力と、時間と、命があってこそ、今がある。胸の内は深く重く生き抜いて来られた、その方々の人生があるかからこそ、今がある。そのことをいつも自分の戒めにして、また自分も未来への一端を担っている微粒子であることを忘れずに、努力したいと思う。
歴史の1ページ1ページには、計り知れない学びがある。そのことに感謝して、感謝して・・・。

令和2年1月21日 畑中香名子