Posted by on 2020年04月17日 in 風の心
令和2年5月号 風の心

茶道の源意   玄々斎千宗室

茶道の本来の意義は、忠孝五常の道を精励し、倹約と質素をもっぱら守り、分限相応の家業を怠らず、この世を安穏に治められる天皇陛下の恩恵をいただき、貴賎を超えて人々が親疎の隔てなく交わり、子孫が末永く栄え無病と延寿の天恵を仰ぐことである。茶道はこのことを教え知らしめる道であるがゆえ、茶会の規矩は厳しく重んじ、礼節は正しく、五体を崩さないで、誠の心でとり行わねばならない事柄である。よってわずか薄茶を一服点てるなかにも、これらの意趣がみなはっきりと示されているのである。

衣食住 道具も露地も奢りなく

    誠意を励む 茶味の明けくれ

(衣食住や道具、露地にも奢ることなく、誠意をもって茶の道に明け暮れ勤めることである)

精中六十三年七カ月誌 (精中六十三歳七カ月記す。)

コロナ騒ぎでお茶の世界も不安と困惑に包まれる中、このような世情の時にこそ、今改めて、玄々斎宗匠の言葉が心に響く。茶道とは何かを儒教の理念で論じ、茶の湯そのもの、あるいは茶を学ぶ行為が、日常の中に道徳心を具現化して、国民全体の礼儀を育てる手段になり得る、ということを述べている。

玄々斎は、並々ならぬ努力によって長く途絶えていた禁裏へ茶の献上を再開し、慶応元年(一八六五)六月から明治二年(一八六九)まで、毎年春秋に茶の献上を続けた。これが後の和巾点や初釜の花びら餅へとつながっているのは、周知のとおりである。
その後の明治五年(一八七二)、京都府から茶の湯や能楽などの家元に対し、徴税と統制を目的に、遊芸稼ぎ人の鑑札を与えるという府令が発せられた。三千家の中で最も年長であった玄々斎は、皆を代表して抗議の文書「茶道の源意」を提出、この結果鑑札は免除となり、税金を納めることで茶の道を継承する許しを得た。

前述の文章は、その玄々斎が著された「茶道の源意」の内容を、分かり易く読み下したものである。五常とは、儒教のいう人が守るべき道徳で、仁・義・礼・智・信をさす。倹約と質素を守って、分限相応の家業に努めれば、たいていの平穏は保たれる。貴賎を超えて、親疎の別なく交われるのも茶の湯ならではのこと。子孫が末永く栄えて、無病と延寿の恵みを願う、茶道はそのような姿勢を学ぶ道であるから、規矩を重んじ礼節を守り、五体を崩さずに行うのだと教えている。

もう一度、これらのことを胸に問い、自分の茶道は一体どのようなものか、振り返るのも良いと思う。
人を攻め、悪い所を拾い、誰かのせいにする言葉が飛び交う世の中に、人を信じ、良い所に気付き、自分を反省したら、世の中は変わるかもしれない。団結し、繋がり、ワンチームになれば、疫病にも立ち向かって行けるかもしれない。そんな発想になれるのが、茶の湯、茶道である。私たちはそれを、一服のお茶から学んできたのだから・・・。

令和2年4月13日 畑中香名子