一年と半年近く、コロナウイルスの感染拡大に伴って、生活の多くの側面が変化した。洋服を着るようにマスクを着用し人相が分かりづらくなり、手洗い・消毒によって何につけても衛生管理がかなり敏感に。どこへ行っても検温を行い、道行く中で咳一つすることも憚られる。
仕事の予定も緊急事態宣言によって変更の上に変更、国内も海外も自由に旅行することができず、美味しいお酒と美味しい料理を楽しみたくても提供されずに時短に追われ、ステイホームで三食料理する度にくたびれる。
自分の時間がたくさんできて、それを有効活用することによって趣味の世界が広がっている、という良いこともあるかもしれない。しかし、それは環境が整っているか、或いは単独で動けるケースであり、多くの場合そうはいかない。
そんな中、稽古に来て下さるお弟子さんたちがいる。「お茶のお稽古に行こう」と思い、電車やバスに乗って、または自家用車や徒歩によって、稽古場まで移動 する。玄関を入ると、様々なコロナ手続きはあるものの、座して茶筌を振ることに、心からの喜び、生きがいを感じておられる方々ばかりだ。だからこそそんな皆様に、とにかく楽しんでいただきたいと初風炉の稽古を立礼にした。和親棚、御園棚が四台並び、和風・洋風の道具が新鮮な風を巻き起こす。
月の形の薩摩水指にはかぐや姫が、熨斗の平棗は穏やかな中に風格を感じさせ、宝船の蓋置には唐松が広がる。別の席では藤原敏行朝臣、百人一首住ノ江の歌蒔絵の棗、そして日の出の蓋置を、来る人を思う心に何という銘の茶杓を取り合わせるか
イギリス・ロイヤル ド ルトンやチェコ・ボヘミアングラスの水指には、イタリアスポードの茶椀やフランス・ピュイフォルカの銀製薄器を見立てで。ドイツ・マイセンの茶碗には緑が栄え、お菓子の清美オレンジのケーキも、ノリタケの美しい金彩のお皿にのせて。
見ていても楽しい、いただいても美味しい、亭主心入れの一碗に客が深く感謝をするその光景は、茶道の力の奥深さや強さを感じさせる。一碗をいただくだけではあるものの、それまで立ち込めていた重い霧のような気持ちを、スカッと晴れさせてくれる。気付くと笑っていて、気付くと夢中になって点前をしている。こんな時だからこそ、工夫して明るくエンジョイしながら、気持ちを輝かせることが大切と、そう痛感する稽古となった。
茶の湯とは、人の心に響くものである。そして、ある時は自分自身と向き合い、ある時は人と人とをつなげる、不思議な力を持っている。緑の粉を茶碗に入れ、湯を足し、茶筅を振ることが、人間の心を動かすのである。
もう一度原点に返って、形だけではない、心から楽しめるお茶をすることが、今、大切なことであるように思う。
令和3年5月24日 畑中香名子


