平成7年春、京都へ引っ越した。三十三間堂近くの前泊したホテルで、京都入りして初めて買ったのが、今も大切に使っている白檀の数珠。この数珠を見るたびに、あの学び舎の日々を思い出す
その5年前、スポーツを引退して茶道に入門したのが平成2年、淡交タイムスを見て、母に京都へ勉強に行きたいと言ったのが平成6年、そこから更に一年勉強して、翌年から一年間の裏千家学園研究科生活が始まった。
4月6日(木)入寮式で始まる日記を開くと、午前中に部屋へ荷物の搬入、食堂で食事。午後から入寮式、入学式のリハーサル、荷物整理、夕食、その後ミーティング。入寮式では、千坂先生が2、3年生のおしゃべりを怒る、私達もおしゃべり、挨拶、椅子に座った姿勢が悪いと注意を受けた、と書いてある。翌7日入学式にご宗家の皆様にお目にかかる前日から、その心構えを整えて下さっていたことが、今読むと良くわかる。何と有難いご指導だったことか。
この年の9月に30歳になるという年頃で、何もかもが嬉しく始まったのを覚えている。スポーツでは日本のトップリーグを体験し、いつも壁を昇ることしか考えていなかった。今より強く、今より上手く、上達するために、前に進んで立ち向かう意思しかなかった。そんなきつい自分を、茶道はしっとりと包み込んだ。不思議と心が落ち着き、考えるゆとりを与えてくれた。私にとって、とにかく心優しいものだった。だから、出発前に相模支部の大きい先生方が、「京都は大変よ!」と温かい心配とご指導を下さった時も、あの辛いスポーツ時代を超える苦しみにはならないと確信していた。私にとって茶道に苦しみは無く、辛さは無く、すべてが学び一色だった。
4月7日(金)晴れ 桜が満開
入学式は、現お家元、当時の若宗匠告辞から始まった。明球(めいきゅう)は自分の中にある。それに気付いて活かせるか、宝の持ち腐れになるかは自分次第。早く自分をさらけ出して。
続いて学校長(登美子奥様)式辞。3年前に植えた桜が見事に咲いて、私達は毎日、今までもこれからも、泣いたり笑ったり。でも植物は正直に春になれば花開き、毎年同じように淡々と育ってゆく。動じてはいけません。来日中のバスコダ・ガマのお言葉を紹介しましょう。「人に何か与えられる人は与えればいい。もしもそれができなくても、人を傷つける事だけはしないように。」お互いに相手を思いやって行きましょう。
最後に来賓の祝辞。京都大学名誉教授。君たちは最高の環境にある。業躰先生に実技を習い、人生に必要な勉強を各講師の先生方に習い、お家元、学校長、若宗匠の近くでお言葉を直接頂く。しかもこの千二百年の都、京都の指定地域である今日庵で、学べるもの全て学ばなくてはいけない。「感化」とは、人の影響を受けて心や行いが変わること。それになりきること。人との出会いで磨かれる。知識は本をみればわかる。ここでは師と生徒がその人格に触れ、感化する。なりきる。家元の歩き方を盗む、学校長の話し方を盗むんです。
続いて御祖堂お参りに。兜門より、たった今雨上がったかのように濡れた、丁寧に水の打たれた綺麗な露地を通って室内へ。余計なお願いはしないで、茶道の精進を誓うように!とご指導が。茶道会館で呈茶の後、会食。千坂先生は此処でも、「樽の中の芋(私達)をかき回しながら皮をむいて洗っていくんだ、親に泣き言いうのが一番親不孝、自分で選んだ道だ。」と一喝。午後は、心地よい風に温かな日差し、夏椿の芽が吹く聚光院を参拝し、今宮神社であぶり餅を食べ、夕食は歓迎会で自己紹介。いよいよ始まったと実感した夜だった。
つげ寮は、とても古い鉄筋の建物だったが、お家元のすぐ隣にあり、私は一番今日庵側の上の階で、ユニットバス付六畳一間のコンパクトな暮らしだった。
この続きは来月に・・・
令和4年8月26日 畑中香名子


