Posted by on 2022年09月19日 in 風の心
令和4年10月号 風の心

つげ寮は、とても古い鉄筋の建物だったが、お家元のすぐ隣にあり、私は一番今日庵側の上の階で、ユニットバス付六畳一間のコンパクトな暮らしだった。

そのトイレ付のユニットバスでは、私の大きな身体を半分ずつ入れて湯船に浸かった。小さな流しでは、稽古で濃茶を拭くために使った麻の小茶巾を、毎日手洗いして干す。ファスナーで開け閉めするビニールの縦型洋服ケースには、スーツやワンピースを数着。季節の着物は小箪笥に数枚入れ、一番上には点前帛紗を全部広げて十数枚重ねてあった。あとは窓際に本を積み、テレビは勿論ない。携帯電話を持っていたのは、この時の同期の中で一人だけ。 

学校から帰宅後、部屋の真ん中にあったちゃぶ台で、いつもノートに記録をした。右手を延ばせば本に届く、左手を延ばせば衣類にも、食べ物や小物にも届く、幸せな六畳生活を満喫した。便利だった。

朝からの勉強内容や注意点を思い出しながら鉛筆を走らせ、そのまま疲れて眠ったことも度々。夜中に気付いて起きると、机をたたみ、布団を敷いて寝る。しかしすぐに朝、今度は布団を上げて着物を着ながら、少しの朝食をお腹に入れたらすぐに学校へ。ところ狭しと三階の壁際いっぱいに座る大勢の生徒、学園生と研究科生合同の朝礼は、般若心経、四弘誓願、利休道歌、ことば、を何も見ないで発声し、最後に千坂先生の禅語の話を伺う。質問もされるため、毎朝はらはらした気持ちで座っていた緊張の時間。そこからそれぞれの茶室へ散っていく。

休みの日の朝、鶯の歌声、お経と木魚のような音、きらきらと降り注ぐ光、どこからともなく聞こえる香のかおり・・・それを感じることのできる心のゆとりを、やっと持てた。

面白い紙が日記の間に綴じてあった。自分が日直の時に提出した、一日の時間割記録とその日の感想の下書きだ。4月12日水曜日、つまり入学して6日目の記録。

〈出来事〉

本日より点前の勉強に入りました。割り稽古で基本がいかに出来ていないかを思い知ったせいか、一つ一つ確認しつつの点前となりました。はやく流れるようにできるよう、自主トレーニングに励みたいと思います。最初の稽古のお部屋の軸が「茶三昧」であったこと、お水屋の方のお心遣いを感じ、改めてまたこの勉強の日々を幸せに思います。

〈感想〉

「できないという事を身に染みて来るのもまた勉強」という恩師の言葉で、勇気を出してこちらに参りましたが、このままではシミだらけになりそうなくらい、わからない事、新しい発見が毎日たくさんあります。星野先生より、点前の順序なんて百分の三であるとのお話がありました。道学実それぞれに多くの知るべきことがあり、やればやる程お茶が広がっていく事が、嬉しくもあり怖くもあります。まさしく「近付けば、山はどんどん高くなる」という心境です。しかし花暦によると、明日の花はオダマキです。花言葉は「希望」・・・明日も頑張ろうと思います。

座学もそれぞれに充実していた。登美子奥様の学校長講話、熊倉先生の近現代茶道、谷端先生の茶道史、中村昌生先生の建築、布目先生の世界の茶、筒井先生の古書解読、戸田先生の紹鷗論、横山先生の茶道具、千坂先生の禅語、関根先生の組織論、永井先生の八卦、阿部先生の茶道講義とゼミ・・・稽古は岸本先生と小林先生、星野先生や浜田先生、そして多くの業躰先生方との貴重な実技であった。

今は亡き横山宗樹先生は確か週一度の授業で、佐々木三味先生の『茶器とその扱い』を教科書に、道具の講義をして下さっていた。その授業中だったか、八寸の話になって、先生は「一献と海の物が終わって、亭主は正客へ戻ると、必ずもう一献するもんだ。そして正客は、亭主にお流れ頂戴といわれる前に、ご亭主も一献如何ですかと言うんだよ。」「だから、それではお流れを頂戴します、となるんだ。自分からいきなり酒下さいとは言わんじゃろ」と、よくおっしゃった。ああ、今でも先生の、あのガラッとしたお声が聞こえてくる。

この続きは来月に・・・

令和4年9月17日 畑中香名子