Posted by on 2025年07月31日 in 風の心
令和7年8月号 風の心

 全く予期しない、普通に過ごしている日常の中で、時々ぐっと胸を打たれる出来事がある。その瞬間に心が動き、想いが溢れる。

 子供たちの稽古は、木曜日の午後五時から六時。小学校2年生くらいから通ってくれている男子4人は、受験もあり一人減り、中学に上がって忙しくなり一人減り、今は中一、中二の2人だけになってしまった。寂しい・・・

 先日可愛いお客様があった。独身時代に当庵の夜稽古に通ってくれていたYさん。彼女はイギリスに留学し、そこで出会った日本人男性とめでたく結婚した。彼はアメリカの大学を出て、アメリカの企業に勤めている日本人。従って彼女は結婚後も海外で暮らしており、生まれて来た子供たちを育てながら大学院へも進んだ。前向きな努力家で、MBAも取得している。そんな彼女の可愛い長男S君が、ちょうど中学に上がるタイミングのホリデイで、初めて一人で日本にやって来た。やはり当庵で稽古していた祖母に連れられながら、茶道の子供稽古に体験をしに来たのである。ネイティブである彼に、日本語は僅かしかわからない。

 普段とても熱心に稽古に来てくれているK君(中一)が、点前をしてお茶を点ててくれた。無口で、何かを尋ねたら、少なくとも10秒は間をあけてから返事があるかないかのK君。今年の初釜では一人で全席の点前をしてくれた。彼が自然体の美しい点前で差し上げた一服を、お客様のS君は、英語でちょっと苦いと言いながら、楽しそうに美味しく飲んでいた。

 最後に道具を拝見し、返して問答。

お茶杓のお作は?「坐忘斎御家元でございます」 これはさらっと答えた。

 御銘は?「・・・」 もともと物静かで穏やか、口数も少ないK君の、暫くの沈黙。私、S君、S君のお祖母ちゃん、あまり重圧を与えないようにと気遣いながら静かに待つ。すると十五秒くらい経ったころか、突然彼がその沈黙を破るように、「出会いでございます。」と言った。ふっと心が溶けた。素直な子供の本心、二人の少年を結び付けた茶室に、一体感が生まれ、温かい光が射した。

 先日やっとの休みの日に、一人暮らしをしている上の娘の部屋を片付けた。仕事が非常に忙しく、多分この部屋に帰ることもないか、それはまた寂しいなと思いながら、本をまとめ、衣類をたたんだ。もしかしたら、また一緒に暮らすかも知れないのだからと空けてあるその部屋に、彼女の幼い頃からの思い出がたくさん詰まっている。私の知っている出来事だけでなく、大学時代の知らない友達との写真などもあり、ぬいぐるみをまとめながら成長を感じていた。

 ルーズリーフなど紙の物はわからないから、書棚へまとめて入れようとすると、書類の間にみずほ銀行の手帳が出て来た。可愛いキャラクターの手帳やノートがたくさんある中で、地味な紺色のその手帳に違和感を抱き、開いた。幼い文字で綴られた、小学五年の時の日記である。

9日  おこのみやきをつくった。おいしかった。ぬぎっぱなし(ふく)にして、ママにおこられた。

12日  学校のてんらんかいの代休で友達と図書館などにいってすごした。たのしかった。

15日  今日はじゅくにいった。算数のつるかめざんがわからなかった。

16日  ピアノがとてもたのしかったです。特に歌(私のお父さん)がたのしかったです。

18日  ママにたたんだ服をおとしてしまいおこられました。

21日 今日は、学校で社会のじゅぎょうがあった。ノートをわすれたのでおこられた。

23日 今日ピアノの帰りに、ママとパパがけんかした。私はどちらも悪いと思った。

26日 今日はじゅくの帰りにおばさんにせきをゆずった。「ありがとう」といってくれた。

4週間、毎日、三行日記が書かれている。それに対して、パソコンでやはり三行の返信を打った紙が、セロテープで貼られている。誰だろう?学校の先生かな?茶色くなったセロテープを見つめながら読み、それが私の母であることが分かった。優しく、穏やかに、教えたり褒めたり諭したり・・・

 気付かなかった娘の心。彼女の鉛筆で書かれた文字に、ものが見えていない自分を知った。子育てしている時は自分が正しいと思って行動していたけれど、ひとまわりもふたまわりも大きな懐で、孫を見てくれた母の存在。

外の暑さに負けないくらい、熱き思いがこみあげた。子供に、親に、支えられて今こうして自分があることを感じている。

令和7年7月26日 畑中香名子