京の山ひといろに変へ冬霞
茶事で、今は亡き伊住宗晃宗匠に関する道具を使わせて頂いた。茶室待光庵をお造り頂いた貴重なご縁から、宗匠が大切にされた作家さんとも、今なおお付き合いを続けている。
何となく気になって、宗匠の一周忌に編まれた追悼録を読み返していた。久しぶりに広げたその本の最初には、御令室、御長男、御次男、それぞれのお言葉が記されている。その後には、大宗匠、お家元、そして御令室と続く。耐え難き辛さを超えた苦しみの中で、心を文字にせざるを得ないというその心境を想うと、それだけでも胸が潰される気持ちになる。
前述の俳句は、その追悼録の中に見る。亡き宗匠の清交社入選句の中で、平成12年に特選となったものである。年譜を拝見すると、まだ大変お元気でご活躍をされている頃で、この年の四月には鵬雲斎家元喜寿祝賀会に参加され、6月には「趣味悠々 茶の湯って何だろう」にご出演、たくさんの各種委員にご就任されたり、各地の行事でご講演をされておられる年である。
秋の美しい紅葉に包まれた、様々な彩り深い京の山。あの美しい稜線にまるでスーッと何かを被せたかのように、山々を一色に変えてゆく冬霞。この対比を想いながら、世界で最も短いポエムが、広大な自然の移り変わりを伝える時間軸の広さ、色彩変化の素晴らしさ、言葉少なに伝えるこの誇り高き民族の奥ゆかしさを、感じぜずにはいられない。
翌平成13年の特選句は、
あじさゐやきのふの決意ひるがえし
である。紫陽花は色が刻々と移り変わってゆく。その姿から「移り気」や「無常」などの花言葉がある。宗匠は、そこを「決意」とみて、「ひるがえし」と続けた。ご自身の生きている世界で感じておられることと重なったのか、定かではない。しかし、花が決意をひるがえして色を変え、その時の状況に合わせた色で生き抜いていく姿は、何とも頼もしい強さを感じる。薄紫や紅色の柔らかいぼんやりとした紫陽花の花に、弾むような切り返しの強さを感じる表現は、非常に面白いと感じた。
平成14年の句からは、帛紗の音が聞こえてくる。
棗もつ手ざはりもはや薄暑かな
薄暑は初夏の頃にほんの少し感じる暑さのことである。茶を点てようと左手に持った棗、その手触りが僅かにしっとりとする瞬間に、薄暑を感じられたのであろう。おそらく一瞬の出来事である。点前は流れていなければならない。止まることも戻ることもしない。「瞬間」の積み重ねで流れる時間に、感じて心を止める、それが我々人間なのだと思う。そしてそれを言葉にする。そこに気持ちが表れる。「はや」と二文字入るだけで、「ああ、もう夏が来るんだな、早いなあ・・・」という心持が伝わる。
最後の平成15年は、寂しい句が多い。
気休めによむ句かなしき夜長かな
病室におそろしき闇夜ぞ長し
仲秋や決意の治療はじまりて
病んで身のやや細りゆく秋の風
運命と聞くこと悲し秋の雨
秋霖に孤独ばかりが忍び寄る
これらの句を拝読して、簡単に言葉を並べることはできない。本当に純粋で飾らない人間らしさを想うばかり。しかし、三つほど心の変化を感じる句もある。
敗荷や死も又生の中にあり
一点の疑ひもなく冬日和
すきとほる空の果てより冬に入る
遠くを見つめている、そして向かっていく、空の、無の世界を言葉にするとこうなるのかと思うような、迷いの晴れた句に感じる。
四十四年の年月を生き抜かれた宗匠の、生きた証を、これからも大切に守ってゆきたい。
令和3年12月21日 畑中香名子


