平成7年6月9日 近江神宮御献茶式参列
御家元のお点前を見て
- こすすぎの形
- 建水へのあけ方
- 天目の拭き方
- 茶筅の上げ方
- 柄杓の動き
これらをじっくりと拝見して、当時の自分の目の高さで感じ、記録している。花月と同じく、流れるように止まらない点前を見つめた。一つ一つの所作はお家元が献茶として行っている点前ではあるものの、自然でおおらかで美しかった。
茶道歳時記には次のように記載されている。
近江神宮献茶
6月9日。天智天皇の十年、宮中に初めて漏刻(水時計)を置いて、皷や鐘で時刻を知らせたと伝えられる6月10日、この日を時の記念日として時間の観念を与えようとするもので、時間厳守を誓う茶人にとっては大切な日である。それでその前日、同帝を奉祀する琵琶湖に近い近江神宮では、裏千家家元によって献茶式が挙行され、副席も懸かる。時計草が花入に入れられるのもこの日である。
古いファイルには、この内容を書き写した、黄ばんだメモが挟まっていた。その日に見たものすべての佇まい、その環境に触れてみることが、どれだけ大きな財産であるか、今思う。このような機会を与えて下さったことに、感謝するばかりである。
- 6月17日 青年部全国大会
- この日はお家元のご講話を拝聴した。谷耕月老師、後藤瑞巌老師、盛永宗興老師についてのご説明を受け、改めてその深いお人柄を偲んだ。
- 叶いたるは良し、叶いたがるは悪しし 何事も自然体で行いなさい。
- 心の塵を掃き清め、心の垢をぬぐうことが大切。見えるところではない、心の美を磨きなさい。
- 言葉の美とは、言葉の情けである。言葉は大切で、非常に怖いもの。口耳四寸の学は恥ずかしいこと、それではいけない。
- 環境の美を考えなさい。
- 自分の役割を全うすることが大切。
とお話し下さった。清々しい青年部の大会に於いて、はつらつとした空気が漂い、活気に満ち溢れるひと時であったことが思い出される。
7月16日 八坂神社御献茶式
倉斗先生のお席にて、お菓子をいただく時に、菓子の取り箸がとても冷たくて心を打った。初めての経験だった。立礼の薄茶席、菓子は主菓子で葛が多めに入っていたことを記している。煙草入れが素敵だった。
7月 お家元にて
- 若い人に交じって一緒にできる喜び
- 人の目を見なさい
- 葛藤をクリアー
- 一碗のお茶に言葉はいらない
- 心のこもった礼は通じるものだ
7月は、たったこの数行しか書かれていない。
こうして私の京都時間、その前半が終わった。懐かしい思い出が巡る。有難い言葉が走馬灯のように現れる。今の自分を反省する。
あれから、28年。今、足元をみて、前をみて、成長足りない己をみて、自然体で御恩返しをすることができたら、こんなに幸せなことはない。
令和5年7月28日 畑中香名子


