Posted by on 2024年01月23日 in 風の心
令和5年2月号 風の心

大変光栄なことに、大宗匠の御講演を拝聴する機会を、数多く頂いている。そのお話の中で、いつも胸に深く入り込む言葉がある。『一切皆苦(いっさいかいく)』という、仏教用語である。大宗匠から何度となく発せられるこの言葉は、私の中で何かある度に脳裏をよぎる。今回の能登の地震、航空機事故、多くの人々が耐えがたき苦痛を味わっている。

仏教では、この「苦」という言葉を、「思い通りにならないこと」と解釈する。

一 『一切皆苦』この世の中は自分の思い通りにならないことばかり。それは

二 『諸行無常』すべての物事が絶えず変化するものであり

三 『諸法無我(しょほうむが)』この世のすべてのものが互いに影響し合って繋がりの中で成り立っているから。決して自分単体で我があるわけではない。

四 『涅槃寂静(ねはんじゃくじょう)』という仏教が目指す到達地点、静かな悟りの境地へ向かうには、前項の三つを理解して、日常に心の修行をし、己を磨かねばならない。

これを「四法印」という。
思い通りにならない「苦」、四苦八苦とは

生きる苦しみ・老いる苦しみ・病気の苦しみ・死ぬ苦しみ(四苦)それに加えて、

◎求不得苦(ぐふとくく) お金・地位・名誉・物など手に入らないものがある苦しみ

◎怨憎会苦(おんぞうえく) 妬みや憎しみなど嫌な感情を抱く人と出会う苦しみ

◎愛別離苦(あいべつりく) どんなに愛する人でも、いつか必ず別れが訪れる苦しみ

◎五蘊盛苦(ごうんじょうく) 体や心が思うようにコントロールできない苦しみ

 では、どうやって自分を整え、「苦」から解放されるのか。そのはじめとして、

「三毒」 仏教で克服すべき最も基本的な三つの煩悩「貪・瞋・癡(とん・じん・ち)」を打ち消すこと。

貪 :むさぼる 貪欲。必要以上に求める心。欲や貪り。

瞋 :いかる  瞋恚。怒りの心。憎しみ。

癡 :おろか  愚痴。真理に対する無知の 心。愚かさ。

話がどんどん重く苦しくなってきたので、この辺でやめよう。

私の父はよく、私に大変なことがあると「艱難汝を玉にす」と言ってくれた。辛いことに遭遇したら、それが自分を磨いてくれると思って向かい合いなさい。乗り越えてこそ自分を大きくすることが出来ると。厳しい職業スポーツの世界にいた現役の頃、夜になると寮の公衆電話にお金をいくつもいくつも入れながら、電話しているのに涙が溢れて言葉が詰まる。すると父はいつも、「話しなさい、お父さんはいくらでも聞いてあげることは出来るよ。でもやるのは自分だからね。」と言った。そして私は、やるのは自分という、父の厳しくも千尋の愛に支えられて、次の日から再びコートでプレイすることが出来た。そんなことを繰り返した青春時代に、チームスポーツの世界で、怪我を乗り越える、プレッシャーに打ち勝つ、わきまえる分の中で最善の努力をする、差し伸べてもらった手を自分もまた誰かに差し伸べる、自分に負けない強さを持つ・・・たくさんの事を学んだ。しかし今だ、自分をコントロールできないくらいのストレスに勝てないこともたくさんある。

そんなときは曽野綾子さんの言葉を。
「私は思い通りにならないことを容認できることで、人間はふくよかになっていくと思います。運命を認めないと、人生にいい香りがしてこない。しょった言い方をすれば、それぞれの運命をむしろ土壌にして自分を伸ばそうとする時に、多くの人は運命を変えて偉大になるような気がします。」

「一切皆苦」のこの世に、死を迎えるまで生き抜くという人生を、大宗匠はどのように思っておられるのか。そんなことを言ったらきっと、「一無位の真人、悩む前に技と心を磨きなさい」と一喝されるだろうか・・・。

令和6年1月13日  畑中香名子