Posted by on 2026年03月31日 in 風の心
令和8年4月号 風の心

 3月14日・15日、ハワイホノルルフェスティバルにて、茶道のデモンストレイションと呈茶による、日本文化紹介プログラムに参加した。タクシーの運転手さんが言う。「十年に一度の悪天候だね。いや、こんなことは殆どおこらないよ、ここホノルルでは。」外は嵐のような風が吹き、物が飛んで行く。雨が強くなることもしばしば。しかし傘はさせないからレインコートが正解だった。私たちの久しぶりの海外、久しぶりのハワイは、こうして幕を開けた。
 12日 夜の便で現地入り。御菓子は手持ち、スーツケースの半分は茶道具を詰めた。手荷物検査で御菓子のバックをボンと倒され青ざめながら、出国審査を通過。茶碗は同行のお社中さん達に一つずつ持ってもらい、ゲートへと向かった。
行きの飛行機では、懐石料理店経営の立場から、料理人「ノブ」のドキュメンタリーを見ていた。シェフに限らずウエイターも事務方も、全ての従業員を第一に考え一つにまとめ、大きなファミリーを作った彼は、客が来店するとすぐに挨拶に行く。ノブスタイルの学習に魅力を感じていたら、いつの間にか到着。外は雨、雨、雨・・・
 近くで軽く食事をして、チェックインが済むと、皆で決起食事会へ。ワインを片手に美味しいピザやサラダを頂き、心もホットにみんなの笑顔が嬉しくて。
 13日 初めての会場入りをして、茶席の準備を。道具を箱から出し、セッティング。空間に合わせて高さや位置を調整し、立礼席をまとめる。デモンストレイションの場所を確認し、競技かるたとの兼ね合いで床にて行うはずだった茶道を、舞台上に変更してもらった。どのようなことになるか想像できなかった、難しい顔だった担当者は、我々のデモリハーサルを見るにつれ、納得して協力してくれるようになっていった。良し! 
 終了してホテルへ。嵐の停電で十一階へは戻れず、ロビーにてホットバスタオルを受け取り、水やスナック菓子が配られる。車椅子の母を囲んで、こんなハワイは初めてと、避難民写真をパチリ。復旧して後、近くのレストランへ夕食を。メニューを拝見中、また電気が落ちて真っ暗に。暫くしてスタッフさんが、今日は閉店と!夕刻冷たいテイクアウトのご飯ではいやと早々に寝てしまう母。
14日 本番の朝、一席を行うと、段々と人が集まって来た。天候が悪いせいか、館内は人で賑わっている。我々のブースの向かいに袴の男子女子、競技かるたチーム。その隣には、日本語学校の紹介が。右隣は吊るし雛作りのご婦人たち。そのまた隣はホノルルと姉妹都市の茅ヶ崎市職員の方々。大学生、一般、公的な団体、様々に独自の日本を紹介している。
 子供さん達も席入し、茶筅を振る楽しさを味わい、大人もお菓子の美しさを言葉にする。ハワイ大学茶道部の方、表千家で茶の湯をされている方、経験者は細かく道具について質問して下さる。日本でも茶席に入ったことはないからと、座って召し上がって下さる方もある。ヨーロッパからの旅行客は、是は一体何をしているのですか?と尋ねる。抹茶という言葉は知っているが、この設えで行っているのが抹茶とは知らなかったと。アメリカ本土からの方は茶の湯の精神性が好きと言って、日本での茶道修練の様子について質問なさる。抹茶の粉は何処で手に入るのかと問われることも多かった。
 夜は遂にレストランで優雅なお夕食を。やっと元のハワイに戻った感じのひと時を過ごした。
 15日 朝タクシーで会場へ。「あれ、運転手さん、ここじゃないと思う。」拙い英語で危うく近くのショッピングセンターに入るところを回避。さあ、今日も楽しもうと準備を始める。この日は聴衆の前でデモンストレイションを行った。何を伝えるべきか、お客様の反応はどうなのか、静寂と解説のバランスは・・・多くを熟考しつつ瞬く間に終わってしまったこのひと時は、自分を反省する貴重な体験。相手が必要としていることを感じ取る事は重要。そしてそれを表現する力も。午後には小山薫堂様もお席入して下さり、大変光栄なことだった。
夜はホテルで打ち上げを。嵐の収まったハワイ最後の夜に、生演奏と歌を聴きながら、折々の場面を思い出し・・・
 16日 パンケーキを食べてから飛行場へ向かう。撤退したDFSに、ハワイにおける経済変化を見た。空港に免税店がないのだ。帰りの飛行機では英語の勉強を少し。未熟極まりない己を感じつつ、そのまま寝ないで気付くと日本。
 17日 無事に自国へ帰国。お疲れさまでした!
令和8年3月27日 畑中香名子