Posted by on 2026年04月29日 in 風の心
令和8年5月号 風の心

 母が稽古場にいながら、時折ゆっくりとベッドで休めるように、奥の道具部屋を片付けた。もともと両親の寝室だったその部屋は、父が亡くなって母がマンションに引っ越してから、道具を収納する場所になった。今回様々な道具や書籍を移動して、以前父と暮らしていた時のように、生活空間に戻した。あの時と違うのは、ベッドが電動の介護用になった事だ。

 この本をどうするのか、なぜ捨てないのか、と言われてもなかなか書物を処分できない。古い淡交にも大切な記事がたくさんあって、再び読み直すことも多い。束ねた本の前でふーっとため息をついた。そしてふと目に入った『茶道雑誌』1990年5月号を開いた。大好きだった、堀内宗心宗匠(十二代宗完 大正8年~平成27年)の 文章が目に留まった。

茶道講座 風炉の薄茶点前(小四方棚)
いよいよ風炉の季節となりました。暦の上では5月8日前後、立夏を目安として、適宜炉をとじて風炉を置き、いよいよ清々しい風炉の季節に入ります。自然の移りかわりの上では、もみじをはじめ木々の若葉が出揃う頃が、風炉の季節の到来を教えてくれます。
風炉の季節に入ると、露地の打水も一段たっぷりとして、にわか雨の降ったあとのようにというように、初夏の日差しの木の葉の滴の輝いて光る景色は、初風炉の茶の湯の最も印象的な風情の一つであります。ここへ空炷の白檀の香がただよってくると、もう炉の茶の湯からはまったく離れた風炉の茶の世界となります。
ここ一、二回前から、点前の解説もやや基本に戻ることにしていますが、風炉の点前は、例えば炉の濃茶と風炉の濃茶とを比較しても、風炉の方がよほど簡単であります。特に居前のとり方などは、炉の方は難しいといえます。そのかわり、風炉は基本的なことを習う上に都合のよい形である、ということができます。
さてここで、点前を習うということについて、単に形の上ばかり手順や形を追うのではなく、茶の湯は合理主義でありますから、道具の配置から、それぞれ道具の取り扱いに至るまで、一応のその意味と法則があり、これらを理解し会得しないと、行動力のある茶の湯を行うことはできません。
その一つの例として、今回は小四方棚を使って薄茶の点前を説明していますが、最後に水指に水をさすところで、二本柱の棚は水指を出さないと暗記していると、薬鑵では水がさせないことになります。水がさせない時にはいつでも水指を畳の上に下ろして水をさすということが、むしろ点前の一般法則であるということを知るべきであります。

 色々なことが頭の中をよぎる。思い出の瞬間がよみがえる。もう30年も前、裏千家学園研究科へお世話になった折に、今は亡き寺西先生が同じようなお話をして下さった。昔は薬鑵しかなく、陶器の片口水次は近代になってから生まれた。薬鑵しかなければ水指を棚から下ろして水を次げばいい、片口があれば二本柱、三本柱の法に従って行えばいいと。知らず知らずのうちにその一瞬の貴重なお話を耳にして、大事な法則を学んでいる。そしてそれが、今の自分の考え方の基になっている。
 
 いつも思う。学園での一年間の学びは、宝の箱のようだ。たくさんの知識、たくさんの経験、たくさんの心を学ばせて頂いた。時は遠くても、今は亡き多くの先生方から賜ったあの一年間の学習は、昨日のことのようにはっきりと覚えている。
今、また新しい一歩を踏み出している京都の学生さんを想いながら、そっと本を閉じた。図書を捨ててという非難の眼を回避して、次回は、もう一つ宗匠のお話をご紹介したいと思っている。

令和8年4月22日  畑中香名子