Posted by on 2015年09月24日 in 風の心

朝、家を出て車に乗ると、温度計は37度と表示されていた。車の中は温室以上の暑さ。そこにいるだけで汗が出る毎日だった。ある朝、温度計が28度になっていた。ああ、涼しくなってきたかな、と思った瞬間、28度で涼しくなってきたと感じた自分が少しおかしくなった。その後気温はまたたく間に23度、21度と下がり、残暑を通り越して秋になってしまった。

農耕民族である我が国では、様々な季節の変わり目を、その大自然の営みから、細かくゆっくりと感じ取っていた時代がある。その細やかに感じる感性がなければ、主食の米となる稲の発育、それに伴う処理や手入れができなかった。自然を感じ、それを予測することは、命を育む大切な食物の生産にかかわる、重要な仕事であった。

一年を春、夏、秋、冬の四つの季節に分け、それを更に六つに分けたのが「二十四節気」である。

春 立春、雨水、啓蟄、春分、清明、穀雨

夏 立夏、小満、芒種、夏至、小暑、大暑

秋 立秋、処暑、白露、秋分、寒露、霜降

冬 立冬、小雪、大雪、冬至、小寒、大寒

これらの言葉を順番に見てゆくと、季節の移り変わる姿が思い浮かぶのは、お茶をしているお陰様だろうか。なじみのある響きが多い。

節気を更に三等分して約五日毎の変化を示したのが「七十二候」。現在の9月に入る頃(旧暦では8月に入る頃)から立冬までの候を拾ってみる。

第四十二候 稲の穂、実る

第四十三候 草の露が白く光る

第四十四候 鶺鴒(せきれい)、鳴く

第四十五候 燕、南へ飛び去る

第四十六候 夕立がやみ、雷も鳴らなくなる

第四十七候 冬ごもりの虫、土中にもぐる

第四十八候 水田の水を抜く

第四十九候 北から雁が飛んでくる

第五十候  菊の花、咲く

第五十一候 蟋蟀(こおろぎ)、戸口で鳴く

第五十二候 初霜が降りる

第五十三候 小雨、時々降る

第五十四候 楓や蔦、色づく

第五十五候 山茶花、咲く

なんと豊かな自然の表現だろう。その情景を思い浮かべるだけで、心にその季節の風が吹き、その季節の香りがする。そして多種多様な自然物、事に目を向け、その変化を受け入れる様子が伺える。受け入れながら、様々なものを作り上げ、暮らしていたのだろう。「二十四節気」と「七十二候」から「気候」という言葉が生まれた。これらは太陽から計算された、季節を知る重要な節目であり、先に述べたように種蒔きや収穫など、農耕作業上不可欠なものであった。

一方月の満ち欠けも、日にちを決める重要な暦の元となっていた。旧暦の時代は、夜空を見上げ月を見れば、その形から今日が何日か知ることが出来た。電気の無い時代、満月は大切な夜間照明となり、宗教や祭り、行事にも深く関係していた。また、潮の満ち引き、珊瑚などを代表とする水中の生き物の産卵など、月に影響を受けるものは多く存在する。

日本に於いては、このような太陽と月を地球から見て暦を作り、生きる為の作物を育て、文化や宗教、生活を積み上げてきた。歴史の軸に、その日常に、太陽と月とがいつもあったのである。車で温度計を見ている自分はなんと貧しいことかと、痛感している秋である。        

平成27年9月16日  畑中香名子

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