Posted by on 2021年04月30日 in トピックス
令和3年5月号 風の心

去年の夏のことだった。髪を切りに行く。いつものように座って、コロナのために書かなければならない簡単な書類を書き終わると、タブレットで雑誌を読むことの説明を受ける。私はほとんどそれを使わないので、たいていはそのまま鏡の前で手帳を広げ、スケジュールを立てるなどの仕事をしている。
その日、ふと雑誌ラックに目をやると、そこには満面の笑みでまっすぐにカメラを見つめる池江璃花子のアップが。2020年7月30日発売の『Number1007号』、サブタイトルは、「アスリートが明かす「心の秘密」メンタル・バイブル2020」である。美容院を出てから、すぐに本屋に電話をして、この雑誌を注文した。
そして今月、彼女がオリンピックへの切符を手に入れたことで、再びこの雑誌を読み返している。

2019年2月8日、白血病であることが判明し、入院。十ヶ月余りの闘病生活の後、12月に退院。それからしばらくは、自宅で日常生活に必要な筋力を取り戻すためのトレーニングを行った。なかなか戻らない筋肉や上がらない免疫力の数値と格闘しながら、3月17日、ついに医師からプールに入って良いと告げられ水に入った。水に顔をつけることが許可されたのは4月下旬。最初は怖い、無理、という感情が先にきて、飛び込めなかったという。しかし、わずか数日で勘を取り戻し、この雑誌のインタビュー時には、スイマーとしてアスリートに戻っている。

彼女の言葉は体験者が語る真実であり、我々にも多くを学習させてくれる。

・治療中の自分自身を支えたものは何?

何があっても水泳を続けたいという覚悟。絶対にまた水泳をやってやるぞという気持ち。これを乗り越えたら、また一段と強くなった自分が待っている。そう思って、とにかくまずは病気を克服しようと、そう考えていました。

・入院中、抗がん剤治療や手術に立ち向かったときはどんな気持ち?

病気に負けたくないという思い。体調が悪くて苦しい時は、「大丈夫、いつか終わる」と自分に言い聞かせて、負けてたまるかという気持ちで闘った。今までこんなに頑張ってきたのに、こんなところで命をなくすなんて。今までの自分は何だったんだ、という後悔を絶対したくなかった。必死に耐えていました。

・なぜ自分が、と思ったこともあるのでは?

病気は誰のせいでもなく、自分のせいでもない。そうはいっても、入院中、この一年水泳ができていたらどこまで記録が伸びたか、世界水泳をテレビで見ながら自分はここにいるべきだったのに、と思ったこともある。ベッドで自分が速かった昔の映像を見て号泣したことも。看護師さんが一緒に映像を見て、「凄いね」って褒めてくれたことが凄く嬉しかった。考えていても仕方がないと、ネガティブなところから立ち直ってここまで気持ちを持ってこられたのは自分自身の成長だと思っています。

これらの言葉の「水泳」を「茶道」に置き換えて読んでみてもよいのではないか。なぜなら、我々もいつ病気になるかわからない、既に病気の場合もある。ほおっておいても日々時を重ね、年老いて身体が不自由になっていくからだ。

このほかにも、プレッシャーを逃れて五輪に出なくていいとホッとした自分と、それを俯瞰する自分がいて、ポジティブな方の心が、辛い心を包んでくれて、感じないようにしてくれていたのだと話している。また、大号泣して、たまったストレスを解消しながら過ごし、切り替えてきたことや、病気の人の気持ちとアスリートの気持ち、両方が分かるようになったことを語り、更に自分がきつくなった時は、こういう経験をしたから、次また乗り越えられると思ってトレーニングをしていると、前向きに前進している様子が窺える。十ヵ月経った今、その結果が、今回のオリンピックへの切符である。
コロナ禍での我々の心に、老いていく人間の生きる姿勢に、彼女の言葉が静かに響いている。たくさんの苦しみと少しの楽しみである人生を歩む、指針の一つとなるのかも知れない

令和3年4月29日 畑中香名子