忍
それは決して あきらめたのでもない
それは断じて 愚痴の暗い心でもない
忍ぶとは 精進する事である
心の裏に広い世界の開けたことである
忍ぶとは 力の生活をすることである
一切を負うて立つことである
忍ぶ所に道がある
忍ぶ我に人知れぬ悦びがある
忍ぶ者のみ向上する
忍ぶ者のみ大きくなる
忍べよ 忍べ 苦を忍べ 疑謗を忍べ
一切を忍べ
与えられたる唯一の力は忍ぶ世界にこそ表れる
住岡夜晃(賛嘆の詩より)
「忍ぶ」を辞典で調べると「耐える」「我慢する」「人目を避ける」といった意味が記されている。住岡夜晃(すみおかやこう)は、この「忍ぶ」ことによってもっとポジティブに生きる力をそこに見出している。「忍ぶ」ことは強くなることであり、もっともっと積極的な行為であることを、この詩の中に表現しているのである。
夜晃は明治28年に広島で生まれ、昭和24年に亡くなるまで広島で過ごした。54年の生涯を求道と教育のために費やし、悩む人の友となり、苦しむ人の兄となった。その基盤は親鸞教学、仏教に対する深い理解であったが、それを学問や研究にとどめず、生活の実践としながら現実のものとした。だからこそ彼の言葉は、難しい宗教理解を超えて、我々凡人にも素直に響いてくる。「継続は力なり」の詩も夜晃の代表的な教えであり、有名なものである。
私が幼いころ、父は頻繁に「ならぬ堪忍 するが堪忍」などの格言を言っていた。たくさんの大切な言葉を、その時々に聞いたと思う。しかしその時は「ふうん」と思いつつ、実は右から左に流していたのだと、子育てしながら今頃気付く。この言葉が尋常小学修身書に載っていたことを知ったのはずいぶん後で、豊臣秀頼の四天王、大阪冬の陣で初陣をあげた木村重成の言葉であることも、父が亡くなってから知った。戦国の時代、重成は23歳という若さでこの世を去る。時代が育てたとはいえ、当時はこの歳でこれだけの大きさを持つ武将がいた。先の夜晃と共に、人間力の魅力溢れる人物のようだ。
「堪忍のなる堪忍は誰もする ならぬ堪忍するが堪忍」
できる堪忍は誰でもするが、できない堪忍こそしなくてはならない。「忍」、これは人間として生きる上で相当大切である事を、自分自身に自覚すべきだと感じている。仕事、家庭、勉強、交友、町を歩いていても、電車の中でも、車を運転していても・・・。
ネルソンマンデラは「美しい国作りには善良であることと許す事が必要だ」と言った。忘却ではなく白人を許すことから始まると唱えた彼の考え方もまた、「忍」である。
目下私の目標は「忍」の一字、未熟な自分に難しい課題を課している。
平成26年6月24日 畑中 香名子


