7月5日は精中・円能・無限忌である。宗家三大忌の一つ、いちばん気候の厳しい時期に行われる。
ここ数年にわたり、玄々斎、又玅斎、円能斎時代のことを読んだり聞いたり、調べたりしながら勉強する機会が多かった。そこで、この度この御忌に際して、無限斎の書物を読んでみた。「思いも悲し 阿寒湖」と書かれた湖と山の写真を見ていると、自分が生まれる前の時代にも関わらず、すっとそのお人柄に触れるような気持ちになるのが不思議である。
兜門前や密葬の祭壇には、様々なものが並ぶ。その儀式の習わしがわからず拝見している未熟な自分には、詳細を文字にすることはできない。更にお写真を拝見すると、現お家元の幼いころ、政之様であろうか、御位牌を持って進まれている。このような年齢で既に家を守る道を歩まれているのかと思うと、九歳のそのけなげなお写真に、一歩一歩の重みを感じる。他の殆どの方々がうつむく中、宗興宗匠の厳しく前を、上を向くお姿、また供茶の点前をなさるお背中に感じる空気は、そのまま今に通ずる。流派の家元として、また家を守る者として、自然と己に厳しくある代々の、本当の強さのようなものを見た気がした。
しかし読み進めると、それだけではない、もっと深い所にある人間的な部分を知って、自分の誤りに気が付いた。大変おこがましく、失礼であればいけないが、誰しも同じ「人」なのだと思った。
憶の句
明月を見ずして逝きし父なりき 香高き父の御霊に菊ささぐ
桐一葉おちるに似たり父逝きぬ あまりにも悲しみ深き秋の夜
秋風にみまかりし父の道遠く 旭日章遺影の前に輝きぬ
惜しまれて惜しまれて逝きし道の父 長き夜や憶い出つきぬ父のこと
宗 興
こうして始まる追悼録は、人としての悲しみに満ちている。
淡々斎宗匠に捧ぐ詠
祖母なけば尚もかなしと孫がいふ いとしき言葉われを泣かしむ
長月のよはのしじまに君をしたひ ひとり静かに此の世をぞ思ふ
わが名よぶみ声にめざめふとみれば 君のうつしゑ我を見つむる
はりさくる胸の哀しみこらへつつ 道をたのみて強く生きなん
嘉代子
愛別の名さえさびし北海の 夜道に父をいだきなきつる
いとほしき父のなきがらいだきつつ あかねの空を飛びくる悲しき
この道はいばらの道よつらくとも たえてしのべと父はいいける
宗 興
人が人を思うとき、それは皆同じである。しかし上に立つ方々は、黙することを強いられる、お立場が優先される。それを我々は深くよく考えて、理解する姿勢を持たなくてはいけない。何事も一度だけ、うわべだけで判断できることなどない。
無限斎宗匠のお人柄に触れることについてはまた次回・・・。
平成26年7月22日 畑中香名子


