Posted by on 2016年02月13日 in 風の心

(2月号からの続き)

私の方は、そろそろ娘の着替えの時間が近くなり、図書館の事務室へ向かった。そこにある大きな日本画の曼荼羅を眺めてから図書館を出ようとすると、受付に本を返しに来られた先ほどのご老人が、再び話し始めている。

「表千家の五代目の宗左は一人だけ人偏がついていて、その理由が書かれているものを三つほど見つけたんだ。どれが正解か分からないけどね。その三つとはね・・・」

よく本を読まれて、研究されているんだなあ。その三つを聞いてからここを出ようかな。この方は表千家の方かな?と、頭の中では疑問がめぐるばかり。つい曼荼羅を眺めているふりをして、耳はそちらに向いていた。

「一つは仕えていた紀州徳川の殿様から戴いた、もう一つは・・・」

うーん殿様から戴いたならそのまま次の代も使ってゆくでしょう。これはないかなと思いつつ聞き入る。

「最後の一つはね、利休遺偈は一度家元から出て、何等かの事情で売られた可能性があり・・・」

人があまりいないからこんな会話もゆっくり出来るのだろうな、楽しいな、と思いながら、最後まで聞けない残念な思いを抱え、図書館の外に出た。廊下でパンフレット資料を持ち帰ろうとしていたら、その男性が図書館から出てこられた。

「遺偈は、江戸中期に川上不白の尽力によって表千家に戻ったのですよね。さっきの三つの中で、一つは可能性が低いですね。頂いたならそのまま使うはずではないでしょうか?」

つい言葉が出てしまった私。

「そうかも知れませんね。けれども後の二つはどうでしょう。これを発見したのは良かったのですよ、なぜなら・・・」

この方は、まるでさっきまで一緒にコーヒーでも飲みながら語り合っていたかのようにとめどなく話を続けられる。私はといえば、面白いと思いつつも階段の上から娘の着替えを催促する主人の目線を気にしている。

「茶箱でね、振り出しを出したら総礼をするでしょう。それは何故でしょう。」

私なりに回答を話す。

「では、右手で扱うものと左手で扱うもの、これらのルールは?」

再び回答し、なんだかクイズみたいだなと思う。

「竹の蓋置を使う時、音を立てて柄杓をひくのはなぜですか?まだありますよ。利休時代薄かった濃茶が織部時代に濃くなったのはなぜでしょう。」

色々とわかる範囲で答える。知らなかったこともある。それについては素直に知らないというと、親切に教えて下さった。そうこうしているうちに、いよいよ呼ばれ、着替えを手伝いに階段を上った。

もとは貴賓室に掲げられていた「日本精神文化曼荼羅」は、現在図書館閲覧室にある。創立者大倉邦彦が創案し、人物選定は仏教学者辻善之助に依頼、日本画家井村方外に描かせた。絹本着色(けんぽんちゃくしょく)肖像画というらしい。日本の伝統文化の基礎を示し、研究所設立の精神を表わしている。

中心の円の中に聖徳太子。「和」の精神に象徴されている我が国の精神文化を総合的に捉えるため、そのまわりに、神道(北畠親房)、儒教(菅原道真)、仏教(最澄・空海・栄西・法然・親鸞・道元・日蓮)の三教を極めた先哲を配置、四隅には仏教の守護神である四天王(持国天・増長天・広目天・毘沙門天)が日本文化を守護する形で置かれている。こんなにひっそりと飾られているのが不思議なくらい、びっくりするほど素晴らしい作品である。

再び曼荼羅を眺めた。古の時、こんな風に語り合う者同士がいたかもしれない。ここは大倉が日本の行く先をより良いものにするため、精神文化の研究や教育を行う場所として、それらを議論する場所として作った研究所である。そのような空気漂うこの建物での不思議な出会い。茶の湯が精神文化である事を、更に深く考えていきたいと思った出来事だった。       

平成28年2月8日  畑中香名子

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