Posted by on 2016年08月12日 in 風の心

(前号からの続き)

彼女は再び、稽古に来られなくなった。足が痛いと感じて病院へ行ったところ、やはり骨が付いていないため、再手術をすることになったのだ。金属を入れるのである。彼女の頭の中は、正座が出来なくなるということで一杯だったかもしれない。絶望的な気持ちではなかろうか。日常生活への不安もある。悲しみ、悩み、何をどのようにしていけばいいのか、混乱したと思う。そんな空白の時間はきっと、孤独だったと拝察する。

最手術とは、初回の時と違い、強さは簡単に発揮できない。お医者様のおっしゃることに頼るのみで、自分から前向きになるのはかなり難しい。そんな事を考えながら術後に病院へ行ったところ、すれ違いで退院されていた。これまでと向いている方向が違うような、何となく嫌な予感がしていた。

そんなある日、彼女から、丁寧に書かれた巻紙の手紙が届いた。お茶をやめるということが書いてあった。諦めきれない諦めを、自分に言い聞かせる手紙であった。

「これは何?あり得ない・・・」思わずつぶやいた。私たちの仲間から彼女が消えるなんて、ありえないと。再度のリハビリを行う中で、じっくりと考え、きっぱりと出した結論だったのだろうと思う。

それから半年後、怪我をしてまる二年が過ぎた五月に、母が山小屋でとれた無農薬夏みかんを彼女に贈った。毎年の恒例として、彼女はその皮でジャムを作り、稽古場へ持ってきてくれた。まめでスマートな雰囲気は、怪我をする前と全く変わらず。ただ杖を持っていることだけが違っていた。その日、稽古終了後に皆で食事をし、六月に十人くらいで彼女の別荘へ遊びに行くことが決まった。

軽井沢は子供の頃行ったきりで、久しぶりに楽しく街を歩いた。翌日、気軽に行ったつもりの彼女のお宅で、茶事が始まった。お弟子さん達は皆着物である。

吹抜けのリビングで迎え付けられ、着物姿の彼女が、汲出し代わりに茶箱で一服点ててくれた。茶名を拝受した際に、母が贈った茶箱である。リビングのテーブルを上手にセンス良く使いこなし、点前をしながら彼女の色白で美しい笑顔が広がった瞬間、心に静穏さを感じた。精神的緊張や辛い感情から少し解き放たれているように見えて、嬉しかった。本席の軸は良寛。

「風は清し 月はさやけし いざ共に 

踊り明かさむ 老いのなごりに」

手作りの懐石には、愛情がこもっていた。前日にお弟子さん達で買い物から仕込みを、夜遅く迄行ったようだ。中立で退席する際、琵琶床に飾られた小さなお地蔵さまに一礼した。涼やかな風が吹き、木立が揺れ、緑が輝いている広いベランダの腰掛へ出ると、硯と短冊が置いてあった。

「茶会の記念に 短冊に一文字ずつ 一筆お願い致します

八風吹不動天辺月」

と記されている。この禅語が目に入った瞬間、胸に気持ちがこみ上げた。体と心に感じた怪我をした時の衝撃、必死で手術やリハビリを乗り越えて復帰した事、頑張っていた毎日から再びどん底の心持ちで痛みと戦った時間、暗い気持ちの最手術と辞める決断、そして今、新たな光が差している・・・。何度時間が戻ってくれないかと、思ったことだろう。しかしそんな気持ちを振り払い、前を向いて、しっかりと進んでいるのである。正客の母から、皆一文字ずつ筆を取った。五番目の私は、「動」と筆を滑らせながら、再び彼女の強さを感じ、戻って来たと思った。

(この続きは次号にて)

平成28年8月3日 畑中香名子