Posted by on 2016年11月18日 in 風の心
平成28年12月号 風の心

先日、ある72歳の方が、来年で引退するとおっしゃった。御勤めとは違い、専門的な職業の方なので、お辞めになる時期は自分で決めることが出来る。75歳までは頑張ると言っておられたのに、どうしたのかなと思った。決めるまでは、心が行ったり来たりしていたご様子で、そのような大事なことを私に話して下さった。大変光栄に嬉しく思ったと同時に、胸が痛む思いだった。それは、この決断をするまでに、どんなに苦しんだかが分かるような気がしたからだ。

私は立派だと思いますと答えた。本当にそう思った。若い頃に現在のスタイルを立ち上げて、常に新しい技術と向かい合い、世の中でご高齢と言われる歳になっても、日々勉強と研鑽を惜しまずに、最先端で安心できる高度な技術を提供し続けてこられた。そのような力をキープし続けるには、並大抵の努力では足りない。常に自分を律し磨くことを惜しまない強い心、老いに負けない精神力、進歩を受け入れる前向きな柔軟性・・・いつも前を見続けて進んでこられたに違いない。このとてつもない努力なしには、最高のものは生まれないのである。これはスポーツを考えればよく分かると思う。また、仕事はチームワークが大切。それには人を育てなくてはならない。厳しくても的確でタイミングの良い指導、細やかな細やかな気遣いの教え、よりクオリティの高い技術の要求、この育て方を何度も現場で拝見した私は、もしもこの職業に就いたならばこのような方に教わりたいと思ったものだった。

そうしてお仕事をされてこられた方が、止まることを考えるとはどのような心境か。自分を極限まで追い込んでこられただけに、それが出来る方だけに、どんなにかお辛いであろうと、思うばかりである。お体の調子など、現実と向き合いながら、自分の精神をコントロールされ、最後の瞬間まで全力でなさることを想像するのは容易い。

また別の方は、55歳。今の職場を去り、後定年までの十年を新しい職場で教育にかけると言われた。敏感で、正確で、落ち着いていて乱れない、何をさせても仕事の出来る方だ。24時間努力できるタフさがある。今も現実には良い結果を出している。多くの人に信頼され、多くの人を助けている。そんな方が、将来を見据えて新しい道に進む。これまでの経験を活かすとはいえ、今の職場を去るのは、無念もあるはずである。きっと何かを吹っ切ったから、出来た決断だと思う。その方は、私に「紅炉一点雪」という言葉が好きだと言った。到達すると紅い炉の上で一瞬のうちに跡形もなく消えてなくなる、一点の雪のようなものだと、それが成し遂げて生まれた素晴らしい結果、栄誉であっても、そう考えていると。努力の人生がこの方に教えた悟り、大切な教えなのだと思っている。私もたくさん、その姿から学ばせて頂いた。

人が物事を始める時は、終わりの事を考えているだろうか。終わりというものがいつ来るかわからないうちは、そんなことは全く意識せず、希望と夢に支えられて、突き進むことが先ではないか。そして夢中で日々努力を重ね、ある時突然終わりの気配が見えてくる。それを感じ、不安になりながらも、行く先の導線を探り始める。計画を立て直し始める。これは言葉で言うほど簡単な作業ではない。むしろ始める時よりも、終わる時の方が大変難しく、それは成し遂げてきたものの大きさに比例するような気がする。

半白を通り過ぎた。四半世紀を茶の湯に費やした。自分の進む道を見極めることの重要性を、いつも考える。最近、ある溌溂とした38歳の方が、将来に対する豊かな展望を持ち、しっかりと準備をされているお話を伺って、『論語』の一節を思い出した。

「人にして遠き慮(おもんばか)り無ければ、必ず近き憂い有り」(遠い先まで見通した考えを持っていないと、近い将来必ず困ったことになりますよ。見通しを持って行動することが大切です。)

私の方は、そんなに遠い先ではなくなってきたようである。

平成28年11月9日 畑中香名子