Posted by on 2021年09月28日 in 風の心
令和3年10月号 風の心

井口海仙宗匠は、次のような茶人の逸話を紹介されている。

その昔、京都島原に大橋太夫と呼ばれる名妓がいた。本名を律といい、絃竹(管楽器・弦楽器)はもとより、和歌、俳句にも巧みで、生け花の技に優れ、中でも茶道は最も堪能であった。
ある時、その楼主が茶の湯を催した際、来客からの所望により、点前を大橋太夫が務めることとなった。先ずは形式の如く初炭を次ぎ、さて香を炷こうと香合の蓋を開けてみると、香が入っていない。水屋で一応改めた折には確かに入っていたのだが、大橋太夫の全盛を嫉む輩が、そーっと取り出して恥をかかせようとたくらみでもしたものか、空になっている。
大橋太夫は心中ひそかに驚いたものの、顔には些かもその色を表さず、何気なくツト立つと、茶室の軒の屋根板をむしり取り、これを炷いて澄ました顔をしていた。
連客は、さてはと感付いたが、あまりにも落ち着いた太夫の振る舞いに、少々心憎くさえ覚えたので、太夫をこまらせようと、すかさず「御香銘は?」と問うた。太夫は少しも騒がず、その言葉が終わるか終わらないうちに「軒もる月」と答えたので、連客はその奇才に改めて感心したという。

吉野太夫を筆頭に、太夫がお茶をする話は、折に触れて読むことがある。比較的胆の座ったお茶を披露し、或いはそのような点に着目されて、おそらくその美しい可憐さと強さ、幅広い深みと落ち着きを、一層際立てるエピソードとして語り継がれているように思う。ことに江戸期に、特定の場所で女性の茶の湯が様々に行われているうちの一つとして、男性を魅了するこれら太夫の茶の湯における活躍は、大変興味深いものがある。

さて、香合に香が入っていないという経験は、全く無いわけでもない。もちろん準備は亭主自身が行うのが当たり前であるが、思いやりから複数人で炭手前の用意をしたりすると、誰かが入れてくれたと思った、という声を聞くこともある。しかし、稽古ならば百歩譲っても、本番ではそのような思いも言動も通用しない。そんなことより、この窮地をいかに賢く美しく乗り切るかが問題になる。と同時に、手を止めない、逆戻りしないという鉄則の「点前」というものを、思考と共に続けなくてはならない。一瞬でも乱れた心を、決して客に見せないように振る舞う力も要求される。役者である。
蓋を開けて、空の香合を見た瞬間の大橋太夫は、恐らくとっさに、これで予備の香を炷けば完全に単なる入れ忘れとなる上、何の風情もない、ならば何を炷くか→軒の板なら取るのも材質も差支えはない→そして銘は・・・と、そこまで考え抜いていたに違いない。だからこそ言下に「軒もる月」と答えたのだろう。動きの落ち着きと、些細なタイミングが物語る、彼女のその心情である。

茶事をしていると、これに近いことはよく起こる。自分自身の不足によって、或いはお客様の体調や所作、理解の相違によって、または天候や自然、火や水のように自分の思い通りにならないものによって、想定通りにはいかない場面がたくさんある。そんなとき、いかに乗り越えるか、誰もがなるほどと納得するように自然に振る舞うことができるか、それが茶の湯の「寂」でもある。落ち着くことはできても、機会を逃さない的確な対処とは、そう簡単にできることではない。
これは仕事でも余暇でも、人生のすべての瞬間において必要なこと。私たちは茶の湯の時間に、その基礎を磨いているのである。

美しい中秋の名月を眺めながら、茶の湯をできない寂しさを紛らわせながら、大橋太夫の「軒もる月」と答える、柔らかな表情を想っていた。

令和3年9月26日 畑中香名子