Posted by on 2022年10月29日 in 風の心
令和4年11月号 風の心

先月号よりの続き・・・

再び日記を広げてみよう。入学式の次の日、4月8日は土曜日だった。この日はあちらこちら京都を見学。

最初に行ったのは京都御所だ。知人が雅楽の笛を吹く姿を拝見し、紫宸殿の傍だったのか、光格天皇と日野資枝の歌を思い出したと書いてある。続いて八坂神社のお参り、円山公園では美しい枝垂れ桜を見ながらビールを飲み、おでんとお団子を食べた。浄土宗知恩院では、お釈迦様の御誕生日、花まつりだったので甘茶を頂いた。昼食は鰊そば。次に向かった平安神宮では、なぜか枝垂れ桜は見ずに建物を拝見し、イタリアのバチカンを思わせたそのたたずまいに心を奪われている。

その後、寮の近くに戻って、茶道資料館見学。「三井文庫の名品」を拝観し、2階の又隠写しの茶室に、洞庫というものを初めて見た感動を記している。床の間の軸は、日野資枝筆「今日庵の歌」

今日庵

 我ものと おもハてやすき こゝろから

  すむ世ハいつも けふのいほかな (花押)

今となっては頻繁に拝見する掛け軸ではあるが、最初にこの文字を追った時の思いは忘れられない。時は刻々と流れ、実は思うようにはならない「今日」、今というものがいかに大切か、痛感した。最後に2階今日庵文庫図書室の営業時間を確認し、1階では初めて見た知新棚での呈茶、そのフォルムに現代的なモダンさ、これからの新しいお茶を見つけたような気がしていた。寮へ向かう道すがら、本法寺もお参りした。そこには光悦手植えの松の木があった。本阿弥光悦は利休が亡くなった時に33歳。宗旦、仙叟の時代まで生きた名工であることを、この日のノートにまとめている。今こうして読み返すと、何もかも知らないことだらけだったんだなと、何事も一から始まっているのだと、再び自分の心を今、戒める。

4月10日月曜日は、畳で正座している朝礼の席に、当時お家元だった鵬雲斎大宗匠がお見えになった。掛軸は谷耕月老師筆「道」、花は貝母、花入は備前。「《お家元のお話》未だかつてない、家元の朝礼参加、30分ものお話し」というタイトルで、日記が始まっている。簡単にまとめてみよう。

  • 決して奢ってはいけない。三歳の子供にも、孫からも多くを学ぶことができる。
  • 母から言われた。家元になる道ができているのではない。そんな箱があって入ればいいわけでもない。自分で家元になる道を作ってゆかねば、なれないんだと。
  • 戦友、亡くなった方々、日本の歴史を作ってきた犠牲者の気持ちを思って、日本人としてどう生きるか、どういう日本人になるか、考えなさい。
  • 政治家には党なんてなかった。無党派なんて言葉はない。はじめは純粋だったが、周りが祭り上げているうちに先生となり、奢りの心を持つと、本当の庶民の姿や生活を見ることができなくなってしまう。惑わされてはいけない、奢ってはいけない。
  • 好き嫌いはなし、誰でも同じ、仲良くしてゆくこと。相手の気持ちを察して、差別をせずにみんな平等に。

 六祖慧能 人に南北あれど伝承に南北なし

  • 嫌いな道具でも、使いにくい道具でも、それを活かすこと、使いこなすことが取り合わせのコツ。
  • この幸せな環境で学べる事を、親に感謝せよ。
  • 常に何に対しても合掌の気持ちを。すべてが有難いこと。
  • ペーパーでは無い、一番大切なのは〈実践〉である。それに遭遇した時にどうするか(その遭遇は多分一期一会だ)、どう対応するか。
  • お茶は(掃除から)全て自分でするもの。学ぶことはいくらでもどこからでも学べる。
  • 爛漫な今の顔を失わずに。終わった時には、心が綺麗になるように。それは人からしか見えない、わからない。
  • 衣食貧小して幸せを知れ。
  • Mankind is one  人類は一つ

30分でこれだけ話されるお家元も凄い、しかしあれから27年経って、今の自分には全て暗記して帰宅してから記録することはもうできないなと思いながら、日記に読み入ってしまった。

この続きは来月に・・・

令和4年10月22日 畑中香名子