Posted by on 2023年01月31日 in 風の心
令和5年2月号 風の心

数回にわたり、28年前の京都での出来事を書かせて頂いた。前回で終わりにしようと思っていたら、まだまだその時のことを知りたいと仰って下さる方が多かったので、もう少しだけ懐かしい日記と向き合うことにしよう。拙い文章で恐縮であると共に、当時のお人さまのお心を、できるだけそのまま正確に表すことが重要だと、そうでなければ失礼になると肝に銘じながら・・・。

11月16日(木) 阿部先生の茶事ゼミ
  「打ち出だせ 振ひ出だせよ 小槌さん 身の中にこそ 宝あるなり」打ち出の小槌

  待合掛

この日は何故か、この4行しか書いていない。学園で行われた茶事勉強会だと記憶している。生徒が茶事を行う傍らで、阿部先生が解説やご注意を下さる、貴重な学習だった。

たったこれだけを書いたページなのに、胸には込み上げるほど、あの時がよみがえってくる。茶事はこの掛物の部屋からどんどん進んでゆくにもかかわらず、しばらく、いやずっと心が止まってしまった。桜が満開の入学式の時に、坐忘斎お家元(当時は坐忘斎若宗匠)が、「明球は自分の中にある。それに気付いて活かせるか、宝の持ち腐れになるかは自分次第。早く自分をさらけ出して。」と碧巌録からのお言葉を下さった、そのことを鮮明に思い出していたからだ。

春、暖かな日差しに包まれて意気揚々と京都へ足を踏み入れ、学園日記二枚目、入学式の最初の行に背筋を正して書いた告辞。恥を捨て人にもの問い習うよう、早く自分をさらけ出してしっかりやるんだよと、最初の最初に愛情深く戒めて下さったご恩に対し、秋になって今、自分はその明球を忘れていまいか・・・

明球は自分の中にある、身の中に宝がある、それを活かすのは自分。自分の努力や意識、心意気で切磋琢磨しながら、私の中にある力を出し切っているのか・・・打ち出の小槌は自分なんだと思いながら、深く反省していた。ご指導頂いている茶事の客は露地から席入をする場面になっているのに、暫く心からその引っ掛かりが取れなかったのである。

このページを見つめながら、久しぶりに更に遠い昔のことを考えていた。

仕事としてバスケットボールをした頃はあまり記憶にないが、学生の時にはよく一年生がボール磨きをしたものだった。学校のボールの質を贅沢にできなかったせいか、ボールが進化する前だったのか、当時は革の表面が今ほど良いものばかりでは無かったように思う。体育館の薄暗い倉庫の中で、網籠の中にたくさん入っているボールを一つ一つ、専用の松脂材のクリームと雑巾で磨いていく。ドリブルなどで床に接して埃っぽくなっていた革の表面は、ごしごしと雑巾を当ててこすっているうちに段々とつるつるになってくる。古くなった黒っぽいボール、少し茶色いボール、新しいきつね色のボール、表面の肌の違いを感じながら、プレイの場面を考えながら、ひたすら下を向いて磨く。ようやく終わって、手の中でくるっと回転させるときゅっとしまり、手首のスナップを効かせながらシュートのように頭上へ上げると、最後にタッチする右手中指の先の感触に切れがある。これで準備万端である。

己の中にある明球・宝に気付き、活かして自身を成長させるという事は、単にできるようになる、人間として大きく良くなる事ではない。そこにゴールは無いのだから。最も大切なのは、「磨く」という行為そのものなのではないかと思う。「磨く」という行為によって、気付き、悩み、考え、力が付く。「磨く」事でいつでも出動できる自分でいられる。お茶は人生と同じく生涯である。歳を重ねた今だからこそ、いつも身の丈に合った「磨く」気持ちが必要である。

この歌の作者を記録していないのは残念だけれど、学園に保管されている掛け軸だと拝察、いつか再びお目にかかりたいと願いつつ・・・。

令和5年1月26日  畑中香名子