Posted by on 2023年09月25日 in 風の心
令和5年10月号 風の心

本年4月19日に、大宗匠が百寿になられた。我々裏千家の者にとっては大変おめでたい、喜ばしいことであった。大宗匠が御家元時代から、長年そのご指導に学び、御姿に励まされ、共に歩みながら裏千家茶道を積み重ねて来られた多くの先輩方は、様々な思い出話を語って下さった。献茶、周年行事、講習会、海外普及・・・折々に大宗匠がおっしゃったお言葉、なさったご行為、ご一緒した感激など昨日のことのように回想されて、邁進し続けている、ひと時も止まらない時の流れのページをめくっては、溢れる思いを話され、我々も改めて学ばせて頂いた。

社会では、特にこの夏の終戦記念日前後、特別攻撃隊として戦争経験者でもある大宗匠の御高話が、メディアで数多く取り上げられた。過密スケジュールでの時差のある海外出張、決してお座りにならない長時間のご講演、目に入ると必ずお声をかけて下さるご配慮、百歳であってもまるで弱ることなく普通の社会人以上の志と体力を持って御公務をこなされておられる御姿に、驚嘆の声が上がっていた。

百年の寿を保つ「百寿」は、一世紀を生きた証として「紀寿」とも言う。一世紀も生きるということを、誰が考えただろうか。御存じのように、中国の思想家孔子とその弟子たちの問答を後世にまとめた『論語』には、男性の年齢を称する言葉が記されている。

志学(十五歳) 孔子が学問を志した年齢

而立(三十歳) 孔子が学問で自立できたと考えた年齢

不惑(四十歳) 孔子が心に迷いが無くなったと感じた年齢

知命(五十歳) 孔子が天命を自覚した年齢

耳順(六十歳) 孔子が人の言葉を素直に理解できるようになったと感じた年齢

従心(七十歳) 孔子が心のままに従って、しかも礼を踏み外さないようになったと感じた年齢

ここで天命を自覚するのは五十歳、年齢を称する言葉は七十歳で終わっている。『礼記』には「杖朝(八十歳)」、『荘子』他中国の古書には、百歳、百二十歳を称する「中寿」「上寿」という言葉があるものの、当時は殆ど仙人の域として捉えられていたと推察する。しかしそれに近づいている現実を目の当たりにすると、人類の尊い命、寿命というものがいかに長くなったことか。

反面、ここで非常に大切なことがある。科学・医療技術の発展、国民皆保険制度によって病院にかかりやすい、伝統的な和食文化により脂肪摂取量が少ない、高い健康意識による検診機会が多いなど、長寿に推移する要素が様々にある中で、消耗品である人体そのものの管理に向き合っていかないと、寿命は延びても健康で楽しく暮らしてゆくことが出来ない。特に老後という仕事や子育てのない時期に、「健康と生きがい」が、いかに生きている意味を見出す条件であるか。一生懸命に生きて来て、気付くと歳をとっていて、その時には足腰や耳が不自由になり、生きがいになるような趣味やコミュニティが無いために、まるで思春期に似た悩みを内に秘めるお年寄りも少なくない。だからこそ近年の健康ブーム、健康ビジネスに拍車がかかっている。

茶道を志してきた先輩たちは一様に、「お茶があったからここまで頑張ってこられた」「お茶のお陰で元気でいられる」とおっしゃる。茶道には人の生き方をも左右する不思議な魅力があることを、生きがいになり得るものと、毎日肌で感じている。その魅力は、若い世代を超えて高齢者にも十分味わっていただける。加速する高齢化社会だからこそ、足腰や耳の御不自由に対応したお茶、身体をいたわるお茶、人的成長に安らぎを伴うお茶を、今我々が実践していかなくてはならないと、考えている。

令和5年9月22日 畑中香名子