水について考えていた時に、ふと黒田宗光先生の御本を思い出し、久しぶりに書棚から取り出してみた。あまり読み込んでいないせいか、2003年8月刊行の御著書であるのに、とても綺麗なページを開くことができた。
この時期になると、先生がお亡くなりになった時の悲しみを思い出す。暑さが増すほどに、溢れた悲しみが零れ落ち、自由なお茶を愛した二人とおられない先生のお姿が偲ばれる。深く広い知識のもとに、チャーミングなジョークで笑みの絶えない空気を作り、厳しく指導される瞬間もあって、小さいお身体に大きなオーラがあった。白生地のシャネルの小さめのトートバックに、お荷物とご本を入れてさらっと五階にお見えになる朝・・・勉強会後、りほうで食事をしながら翌月の打ち合わせをする時は、いつもウイスキーの山崎を片手に、氷の音を楽しんでおられた。
先生の御本の中から、打ち水について書かれているページを抜き書きしてみる。
水さつと立はふわふわふうわふわ 維然(いぜん)
茶事を行うと三露三炭という語があるが、程よいタイミングで打ち水を打つには経験がいる。迎え水・中水・立ち水と、席を整え来客を待つ打ち水、訪れた者にとって、とりわけ暑中は足許から起こる涼風に心が洗われる。
菓子も頂き、後入りの席への期待を抱いて中立する露地の打ち水、薄茶のお道具も拝見し、いよいよ一会の茶事果てに降り立つ露地の打ち水、早過ぎては客を急き立て、遅れれば間にあわぬ。乾いた土の舞か、それとも葉かげの蝶の舞か、何やらわからないがいさぎよい打ち水と、ふうわふわの語が話しかけられているような不思議な雰囲気のやわらぎである。維然の句には「水鳥や向ふの岸につういつい」というのもあるが、江戸前期の俳人としては破調の句で、まさに口語調の句である。(中略)
広瀬維然は美濃国関の生まれで、生家は裕福な商家であったが、若年に材を失い諸国を放浪した。芭蕉に入門した頃は温雅な叙景句を作っていたが、元禄7年(1694)芭蕉没後から極端に作風が変わった。当時の異端児であったのだろう。現代ではかえって共感を抱かれ、若い世代にファンが生まれたかも知れない。正徳元年(1711)2月9日没。生年未詳。
年々厳しさが増すこの猛暑の中、打ち水がどれだけ訪れた人の心をホッとさせるか、その水を打った露地を歩いた者にしかわからない。僅かなコケの湿った匂いを感じ、木々の陰から射す光が水滴をきらきらと照らす。早朝は葉から細かい蒸気が上がり、光線の中をふわふわと水が昇ってゆく。その光景は一瞬で、誠に美しい。
黒田先生は「七味から四つ引いて三味なのよ」と、仲の良かった佐々木三味先生の事を教えて下さった。先生のご本には、茶と俳句と絵、三つの味をお持ちの三味先生と書かれ、俳句を楽しみにされた亡き伊住宗晃宗匠の名前も見る。「腹立てず茶はたて通し年暮れぬ 含山」この句を最後に、茶味溢れる俳句の本のあとがきを終えられている。
夏、再び先生の偉大さに寄りかかり、仙遊を取り入れた茶事を満喫している。先生の自由で楽しいお茶を、胸に深く深く想いながら・・・
令和6年7月24日 畑中香名子


